第2話 勇者が領収書を出してきた
——入社二日目。
異世界に転生しても、俺の朝はやっぱりタイムカードから始まる。
カチャン、と押しても音がしないのは仕様らしい。いや、壊れてるだけか?
「おはようございます、新人さん。今日も元気に労働ですね!」
ぷるん、とスーツを着こなしたスライム——スラ田先輩が、にこやかに出迎える。
見た目はぷよぷよしてるのに、やってることは完全に人事担当だ。
「おはようございます……って言うより、“おはようございます(白目)”ですよ。昨日の残業、終わったの深夜二時ですよ!?」
「それでも出勤するあなた、素晴らしい社畜素質です!」
「褒めるな! 俺はもう働きたくない!」
「さて、そんな新人さんに本日のミッションをお伝えします」
スラ田が差し出したのは、いつもの業務依頼書。紙の質感がやけに生々しい。
「今日の業務内容:勇者様の経費精算対応」
「……え、勇者の!? てか、敵じゃないの!?」
「ええ、敵です。でも経費は経費です」
「敵の経費まで処理すんなよ!!」
「勇者パーティーは“異世界探訪局”の出張扱いなんです。予算元は魔王軍。つまり、うちの負担ですね」
「ブラックどころか、予算ブラックホールじゃねぇか!」
そんな俺のツッコミをよそに、会議室の扉がバン! と開いた。
「失礼する! こちらが経理部か!」
入ってきたのは、金髪碧眼・マント姿の青年。どう見ても正義の味方、勇者くん(※本名)。
肩には「聖剣“レシートスレイヤー”」が輝いている。いや、ネーミングおかしくね?
「私は勇者ライト=ブレイバー! 本日は経費精算に参った!」
「勇者くん、まさかの領収書提出!?」
「これが昨日の戦闘経費だ!」
勇者くんはドサッと机にレシートの束を広げた。まるで魔王の財宝みたいな量だ。
「ちょ、ちょっと待って……どんだけあるんですか!?」
「魔王軍の追跡から逃げるために馬車を五台燃やした! それと食料、装備、ポーション、宿泊費……あ、これは酒代だ」
「おい最後の絶対必要経費じゃないだろ!」
「いや、勝利の美酒は勇者の特権だ!」
「経理は許してくれねぇよ!」
スラ田先輩が書類をめくりながら、淡々とチェックしていく。
「こちら、“伝説の勇者限定スパ”利用料……なぜ必要ですか?」
「戦闘後の疲労回復だ! これは実務上の経費!」
「“エルフの森土産・お菓子詰め合わせ”は?」
「信頼関係の構築には差し入れが欠かせない!」
「“酒場のミニゲーム代”は?」
「ストレス解消も仕事のうちだ!」
「全部言い訳に聞こえるんですけど!?」
スラ田がペン先をぷるぷる震わせながらため息をついた。
「勇者様、残念ながらこれらの経費は“自己研鑽費”として処理不能です。却下です」
「な、なんだと!? この伝票の山を無にするつもりか!?」
「無にするというより、異世界の会計規定により“自己責任”です」
「そんな規定があるのか!?」
「ブラック企業ですから」
「開き直ったーーー!?」
勇者くん、机に手を突き、涙目で叫ぶ。
「くっ……! 魔王よりもこのギルドの方が恐ろしい……!」
「お褒めにあずかり光栄です(にこっ)」
「褒め言葉じゃねぇ!」
「さて、経費が通らなかった場合、どうするかはご存じですか?」
「……まさか、立て替え?」
「はい。自己負担でお願いします」
「勇者の財布、死亡フラグぅぅぅ!!」
勇者くんは膝から崩れ落ち、レシートの山の中に沈んでいった。
聖剣“レシートスレイヤー”が涙を流している気がする。たぶん俺の気のせいじゃない。
「新人さん、見ましたか? これが“経費戦争”の現場です」
「いや、どこの戦場より地獄ですよ……!」
「ですが、ここを乗り越えれば、あなたも立派な経理戦士です」
「経理戦士って何!? 俺そんなジョブ選んだ覚えない!」
「選ばれなくても配属されます。ここ、ブラックですから」
「出た、ブラック万能理論!」
その後も、勇者くんは涙を流しながら“承認印”をもらうために上司の部屋を渡り歩き……
最終的に「承認ループ」に迷い込み、書類地獄から二度と帰ってこなかったという。
(翌日、回覧板と一緒に発見された)
——異世界に来ても、経理は強い。
そして、ブラック企業は不滅である。
今日も俺は、定時という幻想を追い求めながら、机に向かう。
「スラ田先輩……俺、いつになったら勇者倒せますかね……?」
「倒すより前に、決裁ルートを通すのが先ですね」
「異世界、どんだけ書類社会だよ!!!」
次回予告!
第3話「魔王様のハンコが見つかりません!」
──捺印は命より重い!?
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異世界でも残業ですか!? 〜転生したらブラックギルドの新人でした〜 Ruka @Rukaruka9194
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