第7話 狂宴の幕開け
ネット上は、狂乱の坩堝と化していた。御岬瀬里奈のスパチャ凌辱配信は、ダンジョン配信の歴史にその名を刻み、同時に新たな時代の幕開けを告げていた。
「うっわ、また消されてんじゃん! 運営、仕事早すぎ!」
都心の一角にある、洒落たカフェの窓際席。
黒髪ロングの清楚な女子高生に変身したアメリアはスマホを操作しながら、うんざりしたように声を上げた。しかし、その表情にはどこか楽しげな色が宿っている。俺はアメリアの言葉に小さく肩をすくめた。
「でしょうね。あれだけ社会問題になっていますから。でも、その分、消されるたびに新しい切り抜きが生まれて、むしろ再生数が伸びていますよ」
山田はそう言って肩をすくめた。俺も同意見だ。
女子高生の姿をしたアメリアは、手元のタブレットでネット掲示板の書き込みをスクロールしていた。
俺は、先日の事件が無数の切り抜き動画となって拡散され、凄まじい勢いで再生数を稼いでいる状況をその画面越しに見ていた。
運営による削除と、それに対するリスナーたちの執拗な再アップロード。まさにイタチごっこだが、この狂った祭りは終わる兆しを見せない。
「『黒井勇樹は一体何者?』とか、『アメリアと山田の正体は?』とか、憶測が憶測を呼んで、もう収拾がつかない状態よねー、ウケる。
一部では、ダンジョン協会が秘密裏に研究していた新種のスキル使いだとか、はたまたダンジョンで絶滅したはずの古代種族の末裔だとか……愉快すぎ。何よ古代種族って」
女子高生の姿をしたアメリアは、ふふ、と喉を鳴らして笑った。その声は、カフェに響く喧騒に紛れて、誰にも気づかれることはないだろう。
俺たちの向かいには、平凡なサラリーマン風の男が座っていた。山田だ。
彼は新聞を広げているが、その視線は隠し持った小型端末に向けられていた。端末の画面には、リアルタイムで更新されるネット掲示板のログが流れている。
「……予想通りの反応ですね。むしろ、これほど盛り上がるとは。人間というものは、やはり下劣なものに惹かれる。そして、それを正当化する理由を求めている」
山田は新聞を畳み、静かに言った。彼の声は低いが、その言葉には確かな手応えが感じられた。俺たちの行動が、地上の人々に与える影響を正確に予測していたかのように。
そして、その三人の中心にいるのが、俺、黒井勇樹だった。
俺は普通の大学生の姿に変身し、アイスコーヒーをゆっくりと飲んでいる。しかし、その内側では、ネットの反応一つ一つを冷静に分析していた。
(これでいい。俺たちの存在を皆に刻むのだ。復讐のために)
俺の脳裏には、奈落に突き落とされた時の絶望と、裏切り者たちの嘲笑が鮮明に蘇る。そして、その感情が、俺を突き動かす原動力となっていた。
「この機を逃すべきじゃない」
俺が静かに言った。アメリアと山田が、俺に視線を向ける。
「次のコンテンツだ。奴らの熱が冷める前に、さらに大きな火を放つ」
アメリアは目を輝かせた。
「お、やる? 何やる? 次はどんなエグいことするの?」
山田は腕を組み、冷静に提案した。
「前回の配信は、いわば『予告編』。次は、我々の『本編』の第一章と位置づけるべきでしょう。となれば、やはり『あの素材』を使うのが最も効果的かと」
「『あの素材』?」
アメリアが首を傾げる。俺は小さく頷いた。
「ゴブリンプリンセスだな。名前は……そうだな、安直だが『リン』と呼ぶことにするか」
「リンちゃんかー! 可愛いじゃん!」
アメリアが声を上げた。彼女にとって、リンは初めてテイムしたモンスターであり、特別な存在だった。
「リンの捕獲シーンの編集動画を流し、その後に生配信へ移行する。内容は……スパチャに応じて、リンを脱がせて弄ぶ……エロ配信だ」
俺の言葉に、アメリアは「げっどー!」と叫びながらも、満面の笑みを浮かべた。山田は満足そうに頷いた。
「完璧ですね。
希少モンスターのテイミング動画だけでも話題性は十分。そこに、あの瀬里奈さんの祭りを彷彿とさせるスパチャ脱衣を絡める。視聴者の期待を裏切らない、最高のコンテンツになるでしょう」
「ボク、リンちゃんにそういうことするの、全然アリだと思ってたんだよねー。ていうか、綺麗なものが汚されるのを見るのが好きとか言ってた山田くんが、一番喜んでるんじゃない?」
アメリアが山田をからかう。山田は眼鏡の奥の目を細め、静かに答えた。
「当然です。ダンジョンの秘宝である希少モンスターが、人間の欲望の捌け口となる。実に最高のエンターテイメント足り得るではないですか」
俺は二人のやり取りを聞きながら、心の中で確信していた。この二人となら、どこまでも堕ちていける。そして、どこまでも高みへと上っていける、と。
「よし。準備に取り掛かる。チャンネルは、前回と同じ、俺のチャンネルを使う」
俺は立ち上がった。俺の目に、新たな復讐の炎が宿っていた。
◇
府中米軍基地跡ダンジョン。
元々は帝国陸軍の燃料備蓄施設であり、戦後は米軍に接収され米軍基地となった建物だ。
その後、基地は返還されたものの、米兵の住居や通信施設が解体されずに荒廃していたという。
その廃墟は、現在ダンジョンになっていた。
出て来るモンスターは幽霊系。
しかし度重なる探索と攻略により、聖職者系探索者の浄化系スキルや聖水、結界装置などが使われまくった結果、ほぼ浄化されておりもはやろくなモンスターもアイテムも出てこない、不人気ダンジョンである。出涸らしダンジョンとも揶揄され、スタンピードの危険も無いという事で守衛すらいない。ごくまれに協会の人間が点検に来る程度だ。
……つまり、ダンジョン配信撮影にはもってこいということだ。
小さいダンジョンにはこういう場所もいくつかある。俺達にとっては実にやりやすい。
俺達が用意した、魔力結晶を動力源とする照明用アイテムが、薄暗い廃墟の部屋を照らす。
部屋の隅には、小型のカメラとマイクが設置され、その先には、今日の理主役であるゴブリンプリンセス、リンが座っていた。
リンは、翡翠色の肌に金の瞳を揺らし、不安げに周囲を見回している。彼女は、粗末な布切れを身につけていた。アメリアがテイムしたとはいえ、まだ人間社会の常識には疎く、これから何が始まるのか、理解していないようだった。
「リンちゃん、ちょっとだけ我慢してねー。これも、お仕事なんだから!」
アメリアは、リンの頭を撫でながら優しく語りかけた。その声は、普段の無邪気な少女のものだ。本当にリンを慈しんでいるのがわかる。
これから凌辱する相手を、そう認識しながら慈愛の眼差しを向け、優しくする。
「まるで農家ですね。家畜が殺され食べられる事を前提としながらありったけの愛を注ぐ姿にも見えます」
「美味しく育てよ、ってやつか。言いえて妙だな」
俺は農民姿のアメリアを創造して笑う。
「さて黒井くん、準備は整いました。スキル、よろしくお願いします」
「ああ」
俺は、深呼吸をした。俺の目の前には、小型モニターが置かれている。そこには、俺の新しいチャンネルのページが表示されていた。前回、配信終了と同時に無効URLとなったはずのチャンネルは、俺の【通信】スキルが発動すると同時に、再び命を吹き込まれる。
「接続――開始」
俺が静かに呟くと、モニターの画面が切り替わった。チャンネルは生きた。そして、瞬く間にリスナーたちが集まってくる。その数は、前回の配信を凌ぐ勢いだった。
『キターーーー! 黒井勇樹チャンネル!!』
『生きてたのか、このチャンネル!』
『運営、またしても無力www』
『今回は何を見せてくれるんだ!?』
『瀬里奈ちゃんは!? 瀬里奈ちゃんはどこ!?』
コメント欄が、凄まじい速度で流れていく。
前回の配信で、俺のチャンネルは「伝説」となっていた。その伝説が、再び動き出したのだ。
俺は、カメラに向かって、静かに語りかけた。俺の表情は、一切の感情を読み取ることができない。
「……久しぶり、クズども。そして、初めましての者もいるだろう」
その言葉だけで、コメント欄はさらに加速する。
『キター! クズども!』
『俺はクズだ! もっと罵ってくれ!』
『黒井様、俺たちに何をくれるんだ!』
「前回は、少々手荒な真似をしてしまった。この場を借りて、ここにいない
御岬瀬里奈に謝罪しよう。処女もらってごめんね!
……だが、悲しまないでほしい。あれも全て、この大ダンジョン時代が産み落とした、一つのエンターテイメントの形だ」
俺は、軽く肩をすくめる。
「今日は、まず、我々が新たな仲間を得た時の映像をお見せしよう。このダンジョンが生み出した、美しき宝石の捕獲劇だ」
俺がそう言うと、画面が切り替わった。
映し出されたのは、中層ダンジョンでのリンの捕獲動画だ。ゴブリンの群れの中に現れたリンの姿に、コメント欄が沸き立つ。
『うおおお! ゴブリンプリンセスじゃねーか!』
『超レアモンスター! まじかよ!』
『テイムしたのか!? すげえ!』
『こんなの、ダンジョン協会に報告したら研究対象だろ!』
動画は、俺が【通信】スキルでゴブリンを瞬殺する場面、山田が時間を停止させる場面を巧妙に隠しつつ、アメリアがリンをテイムする場面を、効果的に編集して見せていた。
特に、アメリアがリンをテイムする瞬間、リンが「いや、だ。いや、いやいやいやいや…………はい」と、幼いながらも服従の意志を示す場面は、視聴者の心を掴んだ。
その無垢な抵抗と、最終的な服従のコントラストが、視聴者たちの歪んだ好奇心を刺激する。
動画が終わり、再び生配信の画面に戻ると、コメント欄は興奮の坩堝と化していた。
『テイム動画だけでも神回確定!』
『運営、これ消すなよ!?』
『いや消されるだろ、運営こいつらに躍起になってたし』
『ダンジョン探索者協会も劇ぉこだった』
『この黒井勇樹ってやつ、マジでヤバいな』
『リンちゃん可愛い! もっと見せて!』
俺は、そんなコメントを眺めながら、満足そうに頷いた。
「さて、ここからが本番だ」
俺が言うと、カメラがリンを映し出した。リンは、まだ状況を理解しきれていない様子で、きょとんとした表情で座っている。その可愛らしさが、視聴者の欲望をさらに煽った。
「このゴブリンプリンセス、リンは、アメリアがテイムした、我々の大切な仲間だ」
俺はそう説明する。そうとも、大切な仲間だとも。
「だが、我々も金が要り様でね。生きるためにも金が必要だし、協会からこないだの件で追われる身だ。身を隠すためにもな」
俺は、ゆっくりとカメラに近づき、リンの隣に立つ。リンは、俺の視線に、怯えたように身を震わせた。
「そこでだ。このリンを、お前たちのスパチャに応じて、より深く、より魅力的に見せてやろう。そういうの、好きだろクズども」
俺の言葉に、コメント欄は一瞬静まり返り、そして、爆発した。
『うおおおおお! まじかよ!』
『スパチャ脱衣!? またやるのか!』
『待ってましたあああああ!』
『今回はモンスターか! 攻めるなー!』
スパチャが、滝のように流れ始める。赤、青、黄色、様々な色のスパチャが画面を埋め尽くし、その額は瞬く間に膨れ上がっていった。
「ルールは前と同じ……といっても、すでにスパチャきまくっているな。とにかくスパチャに応じて脱がしていくし、高額スパチャのリクエストも当然聞くぞ。ああ、「直接参加させろ」は今はまだ無理なのでそのうちな」
俺が淡々とルールを告げる。アメリアは、その横でリンの頭を撫でながら、にこやかに笑っていた。リンは、アメリアの手に安心感を覚えているのか、少しだけ落ち着いたように見えた。
『脱がせろ!』
『全部脱がせろ!』
『いや、まずは耳の飾りから!』
『足の布をめくれ!』
コメント欄は欲望に満ちたリクエストで溢れかえる。
そして、祭りが――始まった。
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