ホラー、鯖

恥目司

Ça va?

 あり得ない。

 こんな事があり得てたまるものか。


 ビデオカメラを持ちながら、俺は狼狽えていた。


 自分でもおかしいと思う。

 だが、俺は言わないといけない。

 この状況で、俺以外にこれを伝える人間はいない。

 頭が狂ってると言われても仕方がない。

 その時は諦めて精神科に行こう。


 魚が、


 どう見ても魚だ。魚が縦に浮いている。しかも青魚だ。これはどう見ても鯖だ。いや、鯵かもしれな……鯖だなこれ。


 俺は確かに森の中にいる。


 なのになぜか鯖が浮いている。


 やはり、おかしい。

 自分の目で見ているはずなのに。

 ちゃんとビデオカメラにも映っている。

 しかし目の前で起きている状況だ。しっかりと伝えなければいけない。


 いや、落ち着け。幻想の可能性だってあるだろう。

 真偽を確かめる為に、宙に浮いている鯖に指で触れてみる。

 ぬめっとした感触、ブニブニした弾力がある。

 ああ、クソ。

 嘘であった方がまだマシだった。どれも本物だ。

 

 鯖が縦に浮いている。何匹も、何匹も。

 まだ鰓が動いている個体もいる。

 ただ、その他大勢の鯖は多分死んでいる。

 死んでいるのに浮いている。


 チクショウ。どう言う事なんだよ。

 

 海や店で見る分にはなんともないのにこうも場違いだと、恐怖が勝ってしまう。


 いや、普通でも鯖が縦に空いてたら奇妙だ。

 空から魚が降ってくるだけでも奇怪だというのに、さらに奇妙だ。


 俺は何を見せられている。

 シュルレアリスムの一種か?


 サルヴァドール・ダリか、ルネ・マグリットがこの現実というキャンバスで絵を描いているのか?


 ……確かにこの構図どこかで見た事があると思ったらルネのゴルコンダじゃないか。


 言うなれば、鯖のゴルコンダか?

 いや、馬鹿馬鹿しい考えはよせ。

 超感覚でこの世界を認識するのは、この世界に取り込まれているのと同じだ。


 学校で学んだ、薄っぺらい上澄みみたいな知識だけで良い。


 だが鯖が浮いている。

 何か意図があっての事なのか?


 この鯖は一体どこから現れた?

 そもそもどうして鯖なんだ?他の青魚じゃダメなのか?


 鯖が視界に入るだけで恐ろしい。

 なんの表情もない文字通り死んだ目で、俺を見つめ続けている。


 森の中を進むにつれて生臭さが増していく。


 刺身にして食いたいが、寄生虫(確かアニサキスだっけ)とかいるだろうし、そもそも山の中で浮いてる鯖を食べて何か起きてしまわないだろうか。

 

 ……ダメだ。腹が減ってきた。

 刺身が食いたいと思ってしまったから、周りに浮かんでいる鯖が全部鯖料理に見えてくる。


 ……

 …………

 …………………


 ……焼くか。



「うおおおおおおおおおお!!!!!!」


 全力で木の棒で木を擦る。

 

「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 木の棒を擦る!!擦る!!擦る!!!!

  

 チリチリチリ……ボッ!!!!

 

「よっしゃ!!火だ!!」

 

 小さな火種に落ち葉やら松ぼっくりやらを乗せて徐々に火を大きくし、焚き火に成功した。


「うおおお!!鯖の丸焼き祭りじゃー!!!!」


 ビデオカメラそっちのけで、浮いてる鯖を掴んでは木の棒に刺して焚き火の周りに置いていく。

 内臓の処理なんて知ったこっちゃない。


 鯖の皮に焦げ目が付くと、すぐさま鯖の身に齧りつく。

「うめえー!!」

 山で獲った鯖を食うという謎の状況であることも忘れ、ただただ鯖を食っていた。


「鯖、うますぎんだろ!!なんでこんなに美味すぎるんだ鯖!!」


 あまりの美味しさに森の中で叫んでいると、何か黒い影が近づいてきている事に気づく。

 俺は鯖を食べる手を止め、食べかけの鯖を棍棒代わりに、反対の手にビデオカメラを構えて、迫る黒い影に警戒していた。


 明らかに人ではない、巨大な影が迫っている。

 

 その時、


 ガサガサガサガサ!!

 草木の茂みがざわつく。

 縦に浮いている鯖が、一気に震える。


 なんだ……なにがくるんだ……!?


 その瞬間、黒い巨影が茂みから勢いよく飛び出してきた。


「うわあああああ!!!!」


 そこに!!


 いたのは!!!!


 なんと!!!!!!




 巨大なクロマグロだった。




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ホラー、鯖 恥目司 @hajimetsukasa

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