少年Aのどうでもよくて怖い話
鰐淵 荒鷹(わにぶち あらたか)
第1話:水平線の老婆
中学生のころ、放課後に友人と海辺を歩いていた。夕焼けに染まった砂浜は静かで、ただ波の音だけが寄せては返していた。
ふと視線を水平線へ向けたとき、そこには海の向こうからのぞき込むように巨大な老婆の顔があった。
その眼は黒目がなく、赤く充血し、まるで結膜炎のようにただれていた。
「……!」声にならず立ち尽くしていると、隣の友人が突然、小躍りを始めた。
「どうした?」と問いかけると、友人はにやにやと笑いながら、「だって、こんなことありえないだろ?だから踊ってるんだ」と意味のわからないことを口走った。
もう一度、恐る恐る海の方を見る。
だが、そこにはもう老婆の姿はなかった。
「どうした?」
今度は友人が怪訝そうにこちらを見て問い返す。
先ほどのことを話すと、友人は首をかしげた。
「……何のこと?」
と真顔で答えた。
その目には、あの奇怪な踊りをした記憶すら残っていないようだった。
潮の匂いだけが、やけに濃く鼻を突いた。
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