昼の孤独、夜の約束

etc

第1話

 夜が来るのが楽しみだった。

 昼間は、いつも孤独だ。

 スマートフォンの画面も、クラスメイトの言葉も、みんな他人事。ガラス越しに世界を眺めているような気分がした。


 そんな私にとって神様がくれた唯一の救い。

 布団に身体を預けて、まぶたを閉じた瞬間から別の人生が始まる。

 そこへ行く扉は誰にも見えないけれど、夢の中でだけ、私は「彼」と会える。


 ふと気がつくと、人もまばらな古びたアーケード商店街で私は歩いている。

 そしてまた気がつくと、私の隣に彼が並んで歩く。


「また会ったね」

「うん、また会った」


 彼が嬉しそうに目を細める。歳は私と同じくらいか、少し下かも。そう思えるような笑みをした。

 それから、たわいもない話をしながら商店街を歩いた。

 現実の寂しさや不安なんて、夢の中にはひと粒も持ち込まないようにしていた。


「もうすぐ商店街が終わるね」

「うん、終わりだ」


 夢の終わりはいつもアーケード商店街の終わりと重なっている。

 そんな夢を見るのが私の救いだった。

 私はそれだけでいい。多くは望まないつもりだった。けれど。


「まだ話したいな……」

「うん、本当は私も……」


 そう口に出した時、夢が覚める。


 ◆



 その時から、少しずつ夢は短くなっていった。

 彼と並んで「会える時間」が短くなっていく。


「最近、すぐ目が覚めちゃうんだ」

「うん……」


 彼は申し訳なさそうに笑った。私も頷くだけしかできなかった。

 朝が来るたび、どうしても会いたかった気持ちと、なにか大事な約束を忘れてしまった悲しさで、胸が少し苦しくなる。

 どんどん会えなくなっていくのを私と同じくらい焦っているのかもしれない。いや、そうなんだ。


「この商店街だけじゃなくてさ」


 ぼんやりと景色が滲んでいく商店街の中で、彼は歩くのをやめた。

 床のタイルや店の商品が輪郭を失っていく。

 私は怖くなって振り返る。立ち止まったら夢が終わる。そういうルールだったはずだ。


「ねえ、夢で会えなくなっても良いの?」

「たとえ夢で会えなくなっても、寂しがることはないよ。また会えるようになるはず。僕たち、会えない時間も、ここで繋がっていたんだから」


「本当に?」と訊くと、彼は頷いた。

 なんの確証もない。でも、私も彼に会いたいと思っていた。

「うん、信じる」


 ◆


 朝、目覚ましが鳴った。

 布団の上で、私は静かに涙ぐんだ。だけど昨日までの涙とは、少しだけ違う温かさがあった。


 それから幾つもの季節が過ぎた。夢の中で会うことは一切なくなった。でも、不思議と孤独に飲み込まれることはなかった。


「今もどこかで、あの人は生きている。きっと同じ空の下で、誰かを大切に想っている」


――その小さな希望が、昼間の現実に静かに色を添えていた。


 何年も経ったある日、寂れた商店街を歩いていて、ふと懐かしい声がした。

 振り向くと、どこかで見たことのある瞳が、まっすぐこちらを見つめていた。


「お久しぶり。夢で……会ったことがあるような気がするんだ」


 その瞬間、胸の奥で、心が跳ねた。


「うん、きっと……また会えたね」


 夢は終わってしまっても、その優しい余韻は、ちゃんと日常の続きに温かく溶け合う――そんな気がした。

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