霊感0の霊能探偵~推理もしないダメおやじ~

@hakumaisaikou

第1話私この人の下で働いててもいいのかな?

 都心から30分、下町に居を構える探偵事務所が一軒。

 探偵事務所なんて銘打っているが、入り口には探偵業お断りの立て札がかけられている。

 ならば、何故探偵事務所を名乗っているのか、この事務所の主、心浄霊魔曰く「そっちの方がかっこいいから」だそうだ。

 実際に請け負っている仕事は霊的な相談に乗る所謂スピリチュアルカウンセラーと呼ばれるものだ。

 因みにスピリチュアルカウンセラーと言いつつも霊魔に霊感はない。

 つまり、言っていることも口先だけのでまかせだ。

 今もまた、相談者を鴨にしようと、無駄に浅知恵を巡らせている。


「いや~、田中さん。結構霊が憑きやすい体質でしょう。よく肩とか重くなりません?」

「え?そうですね。実はよく肩が重くなるんです。整体とか通っても中々良くならなくて…」

「だと思ったんですよ!もしよければ、うちの塩買っていきません?私が一晩かけて力を込めたものなので本来なら一万円はくだらないんですが、田中さんのような善良な方にそんな高い料金を払わせるのは心が痛む。

 もしよければ三千円で――」


 網にかかった。市販の食塩を取り出す。長年の感から必勝ルートに入ったことを悟り、営業トークにも力が入る、よりも前に、霊魔の助手の彩瞳の拳骨が火を噴いた。


「いッ!」

「すいません。その塩、只の塩なんですけど良ければ貰っていってください」

「え?でも、霊魔先生が力を籠めたって…」

「それ別の塩です。今は在庫を切らしてます。も~う、先生ったらもうボケが始ったんですか!」


 核弾頭。失礼。麗しき乙女の拳が再度霊魔の頭に振り下ろされる。

 足下まで抜ける衝撃、地球割りでもするのかと疑う程、力が籠った一撃。助手であるはずの少女の暴挙。所長は涙目で抗議するも少女の般若のような顔に口を紡ぎ、俯くことしか出来ない。

 肩書からは見えてこない二人の力関係が顧客である田中にも見えてしまった。


「え、っと、それでは有難く貰いますね」


 場を支配する気まずい雰囲気。見てはいけないものを見てしまったような、見たくないものを見てしまったような、微妙な気持ちを抱きながらも恐る恐る塩を受け取る。

 商魂たくましい所長の瞳は網に空いた穴から魚が逃げていくのを幻視した。逃がすわけにはいかない。網がないのなら手掴みでも捕らえてみせる。


「是非また来てくださいね。田中さん。心霊関係以外にも占いなどもやっていますので!

 しかも占いは今ならたったの2000円!

 2000円で将来の不安が無くなると考えたら、凄く大きくないですか!?}

「あ、はい。考えておきます。」


 空気を殴るような手応えのなさ。魚は手からするりと抜け出し海へと帰る。

 メッキが剥がれた霊能者もといペテン師相手に心を開く者はいない。機関銃のように飛び出る所長のセールストークを凪の心で躱していき、心浄霊能事務所を後にする。

 それを見送った所長、霊魔は膝をつき項垂れる。


「魚が、間違えた。鴨が、それも違った。客が逃げていった…」

「良かったじゃないですか、あくどい詐欺師に騙されなくて」

「誰が詐欺師だ!俺は存在しないもの、考えても仕方がないことで悩む人の心に漬け込…救うために憎まれ役を買っているだけだ!」

「幽霊は実在しますけどね」

「またそれか。お前は相変わらず嘘が好きだな」

「所長にだけは言われたくないですよ!それとさっきの人に幽霊はついていませんからね」

「ああ、はいはい無いものを無いっていうのは簡単だよな。俺も言えるぞ?

 俺を養ってくれる滅茶苦茶優しい巨乳美人のお姉さんはこの世にいませ~ん。はい俺も霊能者~」

「屁理屈ばっかり。自分で言ってて悲しくならないんですか?」


 閑古鳥が鳴くのも納得だ。彩瞳は霊魔のダメ男ぶりに恥ずかしさすら覚えた。

 何故自分はこの人の助手をしているのか、今すぐにでも退職届を提出し、やめるべきではないか真剣に考え始める。

 良い所もない訳ではないのだが…。


(それに私が辞めたら、この人救えないレベルのダメ人間になるんじゃ…)


 辞めるべきか、続けるべきか、メリットデメリットを天秤に乗せていると霊魔は立ち上がりソファーで寝転びだした。どうやら動画を見ているらしい。…こんな調子で良く今まで事務所を経営出来ていたものだ。

 彩瞳が非難の目を向けていることにも気付いていない。こんないい加減な事務所が今も存続できているのが一番のホラーだ。

 今日はもう客も来ないだろうし、学校の復習でも始めようか。辞める辞めないの話を一度脇に置き、鞄から教科書を取り出したところで、インターフォンが鳴った。


「客か!」


 霊魔が勢いよく起き上がる。先程まで寝ていたのが噓のように身嗜みは整えられている。

 スーツに皴一つない。一体どんな手品を使ったのか。彩瞳が目をぱちくりと瞬かせて驚きを露わにする。

 霊魔はそんな彩瞳に見向きもせず、俊敏な動きで扉の前まで移動した。

 扉までの移動であれば陸上選手にも引けを取らない敏捷性だ。


「ようこそ!心浄探偵事務所へ!」


 霊魔は勢いよく扉を開け放った。

 外にいた人物の姿が露わになる。向こうもあんなに強く扉を開けられたら驚いているだろう。彩瞳はテンションの高い霊魔に代わって謝ろうとする。謝ろうとして動きを止める。インターフォンを押したであろう妙齢の女性の顔は田中と比べても明らかに暗い。

 今にも屋上から飛び降りてしまいそうな危うさを孕んでいるように見える。それに――。

 彩瞳が女性を観察していると霊魔も女性の顔色に違和感を覚えたのか、気遣うように声をかけた。


「大丈夫ですか?」

「…ええ、はい」

「…取り合えず入ってください。話は中で聞きます」


 霊魔は女性を中へと招く。ソファに座らせ、いつもは出さない高級な紅茶とお茶菓子をテーブルに並べていく。


「今日はどのようなご用件で?」


 女性が紅茶に口をつけてから、霊魔は要件を尋ねた。


「息子を探して欲しいんです。」

「息子さん、ですか、それなら警察に頼んだ方が…うちは探偵業はしていませんし…」

「いえ、息子は。息子はもういないんです。」


 女性の言葉に息を呑む。霊能者を騙り、無辜の人々から金を巻き上げる悪徳詐欺師には荷が重い相談。


 けれど、それでも、霊魔のすることは変わらない。ただ騙すだけだ


「なる程、道理で…」

「?…なんでしょう?

 やっぱり、息子に恨まれているんでしょうか?


 それもその筈です。私がちゃんと、あの子を見ていたら、あの子が轢かれることは…」

「いえ、違いますよ。お母さま。貴女の息子さんは貴女を恨んでなんていません。


 最初は先祖の霊か、守護霊かとも思ったんですが、息子さんだったんですね。

 ずっと貴女を心配して手を繋いでいた白い影は」

「え?」

「もう少し、明瞭にみるためにチャンネルを合わせます。

 鏡を持ってくるので少し待っていてください」


 暫くして大きな姿見を持ってくる。勿論この姿見も特別な力何て宿っていない何処にでも売っている市販品だ。

 それに顔を向け、独り言を呟きだす。


「うん、うん、うん、そうか…」

「息子と、話してるんですか?」

「はい」

「息子は、なんて?」

「幽霊と人間では存在する次元が違うのでしっかりとは聞き取れません。ですが、息子さんが貴女に伝えたかったことは『お母さん泣かないで、笑ってるお母さんがみたいよ』と、息子さんは貴女を責める言葉は、一言だって吐いてはいません。

 ずっと、貴女の身を案じています。今を生きてほしいと願っているんです。」

「そんな、そんな、ゆうた、ゆうたぁ」


 女性は涙を流す。

 顔を伏せて、息子の名前を呟きながら、泣き続ける。今まで抱えていた後悔や不安を洗い流すように頬を流れる雫は留まる所を知らずに零れ続ける。

 涙が止まり、顔を上げたときには目元は赤く腫れあがっていた。この顔で外に出れば周りから心配されることは間違いなしだ。それでも、この探偵事務所を訪ねた時よりかは顔色が良かった。僅かではあるが瞳に生気が宿っていた。


「…すいません。お恥ずかしい所をお見せしました。」

「いえ、恥ずかしいことなんてありません。貴女が息子さんをゆうたくんを大切に思っていた証拠です。」

「…ありがとうございます。それでお代金の方は…」


 女性は鞄から財布を取り出そうとするが、霊魔はそれを手で止める。


「いえ、お金はいりません」

「でも…」

「私はお金欲しさにこの職についた訳ではありません。ただ、今生きている人にはしっかりと前を向いて生きてほしいだけなんです。

 ゆうた君と同じように」

「先生…わかりました。ありがとうございます。」

「ええ、貴女が前を向いて生きていけることを、この事務所に来なくてもいいことを祈っています」

「…そうですね。前を向かないとですもんね」


 女性は頭を下げると、探偵事務所を去っていった。

 今回彩瞳は二人の様子を見ていただけだ。

 口を挟む必要が無かったともいう。


「ねぇ、霊魔さん。本当に霊感ないんですよね?」

「そうだが、なんだ?急に」

「…いえ、なんでも」


 彩瞳が伝えたかったことは全て霊魔に言われてしまった。

 詐欺師が、霊能者よりも早く、幽霊の真意を言い当てた。それにお金も取らなかった。


 まぁ、それはそれ、これはこれ


「なぁに恰好つけてるんですか!」


 彩瞳は霊魔に渾身のアッパーを浴びせる。「ぶごっ」という不格好な声と共に霊魔が床に転がる。


「お金目的じゃないなら、他の人にも塩とか、五分で作った粘土細工を売りつけるのやめてください!」

「馬鹿野郎!本当に金目的じゃない筈ないだろが!」


 やはり、この人は自分が見ていないと駄目だ。

 彩瞳はこの事務所で働き続けることを決めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

霊感0の霊能探偵~推理もしないダメおやじ~ @hakumaisaikou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ