ステファンの苛立ち、エリアーヌの想い

「ねえ、ステファン様、お姉様よりも私とお話する方が楽しいわよね?」

 デボラはニコニコと可愛らしい笑みをステファンに向けている。

「そうかな」

 ステファンは曖昧に答える。

(どうして僕がこんなゴミみたいな奴と……!?)

 ステファンは目の前にいるデボラを殴り殺したくなる衝動に駆られたが、デボラに見えないように拳を押さえるのであった。


 ステファンは心底エリアーヌに惚れている。エリアーヌ以外の女性など、眼中にないのだ。


 ふと、ステファンはデボラの首元のネックレスに目を向ける。

 それはステファンがエリアーヌに贈ったネックレスだった。

(エリアーヌから奪ったんだな。そのネックレスはお前なんかより、エリアーヌの方が似合う。お前みたいなゴミの首に着けられるネックレスが可哀想だとは思わないのか?)

 ステファンのラピスラズリの目は、冷たかった。


「ねえ、ステファン様、次の夜会はお姉様じゃなくて私をエスコートしてくださらない?」

 上目遣いのデボラ。

 心底吐き気がするステファンである。

 しかし、そこは紳士の笑みで隠す。

「僕はエリアーヌの婚約者だからね」

「そんなぁ。じゃあステファン様が私の婚約者になれば良いじゃない。そうなったら私、嬉しいわ。病弱な私はステファン様と楽しく遊んで暮らして、お仕事とかきついことは全部お姉様がやるの」

 嬉々とした表情のデボラである。

「へえ……。面白いこと言うね」

 ステファンの心は冷えていた。

(エリアーヌのロートレック子爵家での立場が悪くならないようにこんな生きる価値のないゴミと話してあげているけれど……! エリアーヌの両親もゴミ同然だ! ああ、ロデーズ伯爵家や僕自身にもっと力があれば、今すぐエリアーヌを救えるのに!)

 ステファンは自分の無力さにも苛立っていた。

(いや、待てよ……)

 ステファンは先程のデボラの発言により、あることを思い付く。

(このゴミは最近病弱だと言われている。それならば……)

 ステファンは心の中でニヤリとほくそ笑んだ。

(待っててね、エリアーヌ。君を取り巻く状況を僕が変えてみせるよ)

 ラピスラズリの目からは、光が消えていた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔







 数日後、再びロートレック子爵邸にて。

「ああ! お姉様、ステファン様から髪飾りをもらったのね! 狡いわ! その髪飾り、私にもちょうだい!」

 いつものように、デボラはエリアーヌがもらったものを欲しがっている。

 当然のように両親もデボラに譲るよう強要されてしまうエリアーヌだ。

 もうすっかり慣れているので、エリアーヌは諦めてデボラに髪飾りを渡すしかない。

(このまま奪われ続ける人生は嫌よ。どうにかしないと……!)

 エリアーヌは拳を握りしめていた。

 しかし、ふと最近ステファンからもらった手紙を思い出す。


《エリアーヌ、少し時間はかかってしまうかもしれないけれど、僕を信じて待っていて欲しい》


 ステファンからもらった手紙には、そう書かれていた。


(僕を信じて待っていて欲しい……ね。ステファン様……助けてくれるのかしら……?)

 エリアーヌの中で、少しだけ期待が生まれていた。


 その後もエリアーヌはデボラにものを奪われたり、ステファンとの時間も奪われたりしたが、ステファンからの手紙のお陰で心を保つことが出来た。

 そしてステファンから手紙をもらった一ヶ月後、デボラが調子を崩しベッドの上で過ごすことが増えた。

 まるで本当に病弱になったかのようだ。

 そこから更に二ヶ月後、デボラの体はどんどん衰弱し、ついには亡くなってしまう。


(まあ……! デボラが亡くなってしまうなんて……! では、病弱だと言っていたことは本当のことだったのね……)

 棺桶の中で眠るデボラは、すっかり頬がこけている。

 デボラからは色々と奪われ続けていたが、一応家族。亡くなったとなると、少しは悲しさを感じるエリアーヌであった。

「エリアーヌ、大丈夫かい?」

 ステファンはそっとエリアーヌに寄り添ってくれている。

「ありがとうございます、ステファン様。……デボラ、本当に病弱だったのですね。気付きませんでしたわ」

 エリアーヌは少しだけ肩を落とす。

「エリアーヌが気に病む必要はないよ」

 ステファンはそっとエリアーヌを抱きしめた。

 大きな体に包み込まれ、エリアーヌの心は少しだけ落ち着く。

「ありがとうございます、ステファン様。……これからが大変になりそうですわね」

「そうだね。君のお父上とお母上は、デボラ嬢が亡くなって完全に憔悴している。ロートレック子爵家の仕事が出来る状態ではなさそうだね」

「ええ……」

 エリアーヌにとって、今の両親の状態も気がかりだ。

 妙なことをしてロートレック子爵家に損害を及ぼさないかが不安である。

「エリアーヌ、僕がロートレック子爵家のことを手伝うよ。婿入りする立場だし、ロートレック子爵家のことは、ある程度勉強しているからね」

 フッと笑うステファンの表情、とても頼もしく見えた。

「ありがとうございます、ステファン様」

 エリアーヌはステファンが自分の婚約者で本当に良かったと心のそこから思うのであった。

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