第1話 再びの朝

 四月の朝。

 目覚まし時計の電子音が部屋に響き渡り、宮坂悠真は重い瞼を押し上げた。


 視界に広がるのは、見慣れた天井。窓の隙間から差し込む春の光は柔らかく、外では鳥の声がしている。

 どこにでもある普通の朝。・・・・・・けれど、胸の奥には不快なざわめきが残っていた。


 昨日、確かに見た光景。

 夕暮れの交差点。

 ブレーキ音。

 宙を舞う少女の姿。

 白石澪が、血に染まりながら呟いた言葉──「また、か」。


 あれは夢ではなかった。だが現実でもないのかもしれない。

 ただ一つ確かなのは、今こうして始業式の朝を、再び迎えているという事実だった。


「・・・・・・どうなってるんだ」


 声に出しても答えは返ってこない。

 布団から身体を起こすと、胸の中のざわめきはますます大きくなっていった。


     ◇


「おーい、悠真!」


 校門をくぐった瞬間、背中に強い衝撃が走った。

 わざわざ振り返らなくても分かる。


「・・・・・・隼人、またか」

「何だよ、またって。まだ今日、一回目だろ?」


 笑顔を浮かべて肩を組んできたのは、椎名隼人だった。剣道部所属で誰にでも好かれる陽キャそのもの。悠真とは対照的な存在だ。


「新学期だしよ、テンション上げていこうぜ。ほら、女子も見てるぞ」

「・・・・・・そういうの、気にしすぎると逆効果だと思うけど」

「気にしなきゃ始まんねえだろ?」


 隼人の声は人混みのざわめきに紛れながらも耳に届く。

 その言葉・・・・・・昨日と同じだった。


 いや、「昨日」じゃない。

 今の自分にとっては、それは一度終わったはずの時間。


  デジャブの針が、容赦なく胸を刺した。


     ◇


 体育館での始業式を終え、二人はクラス表を確認する。

 二年B組──そこに並ぶ自分と隼人の名前。


「よしっ、同じクラスだな!」

「・・・・・・安定の隼人だな」


 隼人はガッツポーズを決め、悠真は小さく息をついた。

 ここまでは全部「知っていること」。だが、それでも現実感は消えない。


 教室に入り、窓際の席へと腰を下ろした。春の風がカーテンを揺らし、まだ半分ほどしか埋まっていない席を照らしている。


 そして。


 長い黒髪を揺らし、ひとりの女子が入ってきた。

 名札に記された名前──白石澪。


 心臓が大きく跳ねた。

 彼女の姿を見た瞬間、胸の奥に広がるざわめきはもはや錯覚ではなかった。


(・・・・・・やっぱり、彼女だ)


 昨日──いや、前の時間で確かに見た少女。

 血に濡れた唇で「また」と呟いた少女。


「お、あの子可愛いな」

 隼人の声が耳を打つ。悠真は答えず、ただ澪の姿を追った。


 その横顔は、懐かしさと儚さを同時に宿していた。


     ◇


 放課後。

 新しい教科書を抱え、校門を出たところで再びその姿を見つける。


 白石澪。

 夕暮れに染まる歩道をひとりで歩いていた。


 赤く傾いた光が黒髪に溶け込み、彼女の輪郭を柔らかく縁取る。

 まるで現実から切り離された存在のように、浮き上がって見えた。


 昨日もこの光景を見た。

 そして、彼女は死んだ。


 悠真の胸は早鐘を打つ。

 もしまた同じことが繰り返されるのだとしたら──。


 その考えを振り払うように、タイヤが悲鳴を上げた。


「っ・・・・・・!」


 車が制御を失い、歩道に突っ込む。

 澪の身体が宙を舞う。

 夕焼けを背に、スローモーションのように回転し、アスファルトに叩きつけられた。


 悲鳴。

 血の匂い。


 悠真は立ち尽くすしかなかった。


 そして澪の口が動く。


「・・・・・・また、か」


 昨日と同じ言葉。

 絶望の色を帯びた声。


 次の瞬間、世界は闇に呑まれた。


     ◇


 目を覚ますと、見慣れた天井。

 窓の外では、四月の鳥が鳴いている。

 時計の針は──始業式の朝を示していた。


「・・・・・・やっぱり」


 悠真は震える声で呟く。


 これは偶然ではない。

 白石澪は確かに死んで、そして時は巻き戻った。


 そして自分も、その渦の中にいるのだ。



【作者コメント】

ここまで読んでくださりありがとうございます!

第1話では日常とループの再確認を描きました。

次回から悠真と澪の関わりが始まっていきます。

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