またねまたねの人見頃
アンティーク雑貨に振り子時計。
外とは違う空気感。
もうすっかり慣れきった光景だ。
今日は曇りの日ということもあり、
店内もどんよりと、暗い影を落としていた。
灯は夕暮れのように眩しくも、
優しくカウンターを染め上げていた。
きれいな琥珀色、、
桐谷の瞳が脳裏に浮かんだのは気のせいだ。
僕はいつものように、
窓際のソファ席に陣取ろうとしたがそうはいかない。
普段ならば学校終わり、
夕方に訪れるのが僕のテンプレートだが。
今日はテストということもあり午前中で放課となっている。
いつもくる時間ではないお昼時。
あたりまえだが人が多い。
そして僕のソファ席(決して僕のではない)。
老夫婦が座っているではないか。
なんということだ。
これでは、カウンター席に座る必要が出てきてしまう。
店員さんと一対一で対峙しなければならない。
かといって、今から店を出るのは完全に不審者だ。
なんだこいつと思われること不可避だ。
脳内会議が開かれる。
どうする、最適解は何だ、、
活発に意見を交わすこと十数秒。
「どうにもならないことを、どうにかするためには、
手段を選んでいるいとまはない。」
今回のテスト範囲であった、
羅生門の一節が頭に浮かんだ。
やむを得えん、カウンター席に座ろう。
一歩、二歩と確実に足を進める。
僕は常連。ここはすでに我のテリトリー。
自分に何度もそう言い聞かせる。
丸椅子に手をかける。
よし!いいぞ。
ここで座る。
カバンを置く。
よし、完璧だ。
まずはメニューだな。
丁寧に、ラックに立てられたメニュー表に手を伸ばす。
ひと通り全ページに目を通す。
メニューはおそらく全制覇した。
「あっ、新作出てる」
いつものたまごサンドに、
追加でこれも頼んでしまおう。
「すみません」
大きな声を出す必要がないのはこの席の利点だ。
『はい、お伺いします』
今日は眼鏡をつけていないようだ。
珍しい。
「たまごサンドと、
あじさいケーキをひとつ、お願いします」
『たまごサンド、あじさいケーキをおひとつずつですね』
「はい」
『少々お待ちくださいね』
背を向け、調理に取り掛かる。
出来上がるまでの間、
本を読みながら待っていたところ。
ここで特別イベント発生。
『いつも来てくれてますよね』
店員さんが調理中に話しかけてきたのだ。
「''はいっ!''」
あまりに突然のことで、声が上擦ってしまった。
声も大きかった。
『うちのメニュー、どれが一番良かったですか?
ひと通り全部食べられたでしょう?』
そこまで把握されているとは。
どれがと言われると、結構悩むな。
どれも美味しいし。
でもやっぱりあれだな。
「たまごサンドですかね。
初めて来た時に食べた、
というのもあるんですけど、、
たまごが本当に美味しくて、
弾力はしっかりあるんですけど
火が通り過ぎず、
中はしっとりとしていて、
もう好みです、あれは」
店員さんが目を丸くしてこちらを見ている。
「すみません!少し喋りすぎました!」
僕の顔は今、真っ赤になっていることだろう。
慌てながら言葉を紡ぐ。
『いえいえ、そんなに言っていただけるとは、、
嬉しいですよ。励みになります』
その顔は晴れやかであった。
『手が止まっていましたね、今すぐお作りします』
びっくりした。
今まで話しかけてきたことなかったのに。
カウンターだから?
やっぱりそういうこと!
『お待たせしてすみません。
こちら、たまごサンドとあじさいケーキになります』
「ありがとうございます」
たまごサンドは言わずもがな。
このあじさいケーキ、可愛い。クオリティが高い。
この色合い、どうやって表現してるんだ?
紫の中にもグラデーションが。
葉っぱの差し色がまた良いな、、
「いただきます」
まずはたまごサンドから。
うん、いつも通り美味しい。
お腹が空いていたこともあり、
あっという間に食べ終えてしまった。
つぎはこちら。
おそらく季節限定、あじさいケーキ。
フォークを手に取り、
丁寧に端を切り崩す。
そっと口元に運んでいく。
ゼリー?寒天かな?
清涼感があって甘ったるくない。
今の季節にぴったりかも。
『どうですか?』
今度はいつもの丸眼鏡をかけてのご登場。
「あ、はい。さっぱりしていて美味しいですよ。
見た目も可愛いですし」
またまた話しかけられた。
『そうですか、よかったです。
少し、心配だったんですよ。
初めて自分で考えたので』
「春限定のいちごタルトは違かったんですか?」
『あれは、うちの祖母が考えたものでしてね。
小さい頃からの私のお気に入りです』
「そうだったんですね。
あれもただ甘いだけでなく、
甘酸っぱさもあって、
重くなりすぎず、
けっこうパクパク食べれちゃいそうでした。
美味しかったです」
またもや目を丸くしてこちらを見ている。
眼鏡でさらに強調だ。
『味の伝え方ご上手ですね。食リポ向いているかも』
微笑みながら話すその言葉は、
お世辞には聞こえなくて、ほんのりと心が温かくなった。
『彼女さん、昨日来られましたよ。』
「へ、、、?」
彼女と再会した時と同じ反応をしていた。
言葉が、飲み込めない。
「あ、えーっと。はい?」
『言葉足らずでしたね。
初めて来られた時、一緒にいられた方が、、』
「そうですか、、
で、どうかしました?」
『このメモをあなたに、と』
[6月30日 12時 この場所に来い]
桐谷
『了解です。ありがとうございます」
やっとか、と思った。
もう一度会えることを楽しみに、
ここに通っていたはずなのだが、、
でも、今は会いたくないかも。
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