第27話

辺境の村から届けられた奇跡の兵糧は、王国軍に連勝以上のものをもたらした。

それは、絶対的な継戦能力。

どれだけ激しい戦いを繰り広げようとも、兵士たちは翌日にはカケルの料理で体力を完全回復し、士気高く戦場に立つことができた。一方、魔王軍は補給が追いつかず、日に日に疲弊していく。兵站の差は、戦力の差となり、勝敗を決定づけた。


グレイロック渓谷の最終決戦は、圧勝だった。

勇者ギデオンが振るう聖剣の一閃が、魔王軍の将軍を打ち倒した時、王国軍の兵士たちは地鳴りのような歓声を上げた。長きにわたる戦いが、ついに終わったのだ。


王都への凱旋は、熱狂的な歓迎に包まれた。

民衆は「英雄ギデオン!」と叫び、色とりどりの花びらが舞う中を、騎士団は誇らしげに行進する。だが、その中心にいるギデオンの表情は、晴れやかではなかった。


(俺が、英雄……?)


民衆の喝采が、まるで自分を責め立てる声のように聞こえる。

この勝利は、本当に自分の力で勝ち取ったものなのか? あの謎の兵糧がなければ、今頃自分たちは、グレイロック渓谷で無残に朽ち果てていたのではないか?


勝利の立役者は、自分ではない。

顔も知らぬ、「辺境の村の誰か」だ。

その事実が、英雄という称号と共に、ギデオンのプライドをずたずたに引き裂いていた。


王宮で開かれた祝勝の宴は、これ以上ないほど豪華なものだった。

王侯貴族たちが、次々とギデオンの元へ訪れ、賞賛の言葉を述べる。だが、彼の前に並べられた、王宮の料理人が腕によりをかけて作ったはずのご馳走は、どれも砂を噛むように味気なかった。


彼の舌が、心が、あの戦場で食べたシチューの味を覚えている。

温かく、力強く、そして、どこか懐かしい、あの味を。


「ギデオン様、お見事な戦いぶりでしたな」

宴の喧騒の中、一人の男がギデオンに声をかけた。クレセント商会の会頭、バルトだった。今回の兵糧輸送の功績で、彼もまた、王宮に招かれていたのだ。


ギデオンは、これ幸いとバルトを人気のないテラスへと連れ出した。


「バルト殿、単刀直入に聞く」

ギデオンの瞳は、獲物を狙う獣のように鋭い。

「あの兵糧を、我々に届けたのはあなた方だ。その作り主を、知っているはずだ。教えてほしい。その『辺境の村』とは、一体どこにあるのかを」


バルトは、人の良い笑みを浮かべたまま、しかし決して目の奥を笑わせずに、ゆっくりと首を振った。

「お答えできかねますな、勇者様」

「何だと?」

「その方は、ご自身の名を明かすことを望んでおられません。我々商人は、取引相手との信義を何よりも重んじますので」


バルトの、丁寧だが断固とした拒絶。

それは、ギデオンの苛立ちに、さらに火を注いだ。


宴が終わり、自室に戻ったギデオンは、一人、地図を広げていた。

大陸の東側、人々が「辺境」と呼ぶ地域。そこに点在する、数えきれないほどの小さな村々。この中のどこかに、あの料理の作り主がいる。


(なぜ、名を明かさない? これほどの功績を立てながら、なぜ歴史に名を残そうとしない? まるで、俺を……俺たちを、嘲笑っているかのようだ)


疑念と、焦燥感と、そして、心の奥底で疼く、忘れたはずの記憶の棘。

役立たずとして切り捨てた、あの男の顔が、再び脳裏をよぎる。


「……ありえない」


ギデオンは、地図を強く握りしめた。


「俺は、英雄だ。この国を救った勇者だ。俺が、確かめなければならない。この勝利の真実を。そして、俺を裏から操る、その何者かの正体を」


彼は決意した。

国王から与えられた休暇を使い、単独で、辺境の地へと向かうことを。

それは、もはや真実の探求というよりも、傷つけられた自身のプライドを取り戻すための、必死の旅立ちだった。


その頃、アイナ村では。

俺が、恵み畑で採れたばかりの新作野菜「星空コーン」を手に、どんなスープを作ろうかと、フェンやグロムさんと笑い合っていることなど、ギデオンは知る由もなかった。


二つの運命が、再び交差する時が、刻一刻と、近づいていた

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