第22話

エルドラシルの幻想的な光の道を抜け、俺たちが再び人間界の森へと足を踏み入れた時、そこにはクレセント商会のバルトさんが手配してくれた、頑丈な馬車が待っていた。


「カケル殿! そして皆様! ご無事で何よりです!」


満面の笑みで駆け寄ってくるバルトさん。彼の話によると、俺たちがエルフの国で女王を救ったという噂は、彼が張り巡らせた情報網によって、すでに王都の一部の有力者たちの耳にも届き始めているらしい。


「カケル殿の名は、もはや伝説になりつつありますぞ。今頃、王都ではあなたの帰りを待ちわびている貴族たちが、長蛇の列を作っていることでしょう!」

「ははは……それは、ちょっと勘弁願いたいな」


俺は苦笑いしながら、馬車に乗り込んだ。名声や富には、もうほとんど興味がなかった。俺が今、心から求めているのは、アイナ村の我が家で、仲間たちと囲む温かい食卓だけだ。


王都には立ち寄らず、俺たちはまっすぐアイナ村を目指した。

十日間の帰路は、行きとは比べ物にならないほど、賑やかで楽しいものだった。


「なあなあカケル! エルフの国で覚えた料理、また作ってくれよ!」

「小僧、帰ったらまずはドワーフ秘伝の酒に合う、最高のつまみを頼むぞ」

「はいはい、わかってますよ」


フェンとグロムさんの尽きないリクエストに笑いながら、俺はアイテムボックスの中にある、エルドラシルで分けてもらった珍しい食材のことを考えていた。この食材たちを、アイナ村の素朴な野菜と組み合わせたら、一体どんな料理が生まれるだろうか。考えるだけで、料理人としての血が騒いだ。


そして、長い旅路の果てに、俺たちの視界に、あの懐かしい風景が広がった。

雄大な森を背負い、のどかな畑に囲まれた、小さな村。


「……見えた」


誰かが呟く。


「アイナ村だ」


俺たちが村の入り口に差しかかると、そこには、村人全員が集まっているのではないかと思うほどの人だかりができていた。

俺たちの馬車の姿を認めると、わあっ!という、地鳴りのような歓声が上がる。


「カケルさん!」「フェンちゃん!」「棟梁(グロムさん)!」


村人たちは、まるで英雄の凱旋を迎えるかのように、俺たちを歓迎してくれた。

村長が、涙ながらに俺の手を握る。

「よくぞご無事で……! あなたがエルフの国を救ったと聞いた時は、腰が抜けましたわい。まさか、この村から、そんな大したお人が出るとは……」


村の子供たちが、フェンの周りに集まって、彼女の尻尾を珍しそうに触っている。グロムさんは、ギルドの部下たちに肩を叩かれ、照れくさそうに髭を扱いていた。


ああ、帰ってきたんだ。

俺の本当の居場所に。


その夜、俺の工房の前では、村を挙げての帰還祝いの宴が開かれた。

もちろん、料理番は俺だ。

旅の疲れなど微塵も感じさせず、俺は仲間たちを手伝わせながら、次々と大皿料理をテーブルに並べていく。


エルドラシルで手に入れた光る苔を練り込んだパン。

アイナ村の力強い猪肉と、エルフの国の繊細なハーブを組み合わせたシチュー。

そして、熟成させた川魚を、ドワーフ式の石窯で豪快に焼き上げたグリル。


「うめえ!」「なんだこれ、最高だ!」「カケルさんの料理が一番だ!」


村人たちの屈託のない笑顔と、美味しいという言葉。

王都の貴族からの称賛や、エルフの女王からの感謝の言葉も嬉しかった。だが、俺の心を本当に満たしてくれるのは、この、気のおけない仲間たちと分かち合う、温かい食事の時間だった。


宴の熱気が最高潮に達した頃、俺は一人、少しだけ輪から離れて、夜空を見上げた。

追放されてこの村に来た時は、孤独で、未来への不安しかなかった。

それが今では、かけがえのない仲間と、帰るべき場所がある。


俺は懐から、女王にもらった『世界樹の若葉』を取り出した。それは、手のひらの上で、まるで生きているかのように、優しく、温かい光を放っている。


「さて、と」


俺は、自分の工房と、その向こうに広がるアイナ村の畑を眺めた。


「この力で、まずはみんなのために、最高の野菜畑でも作ってみるか」


俺の本当のスローライフは、どうやら、ここからが本番のようだ。

世界を救う大冒険もいいけれど、今はただ、この愛すべき辺境の村で、仲間たちのために最高の毎日ごはんを作っていく。そんな未来に、俺は心からの幸福を感じていた。


伝説の料理人の、次なる一皿は、まだ誰も味わったことのない、希望の味がするはずだ。

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