第21話
エルフの女王アレクシアの覚醒は、エルドラシル全土を歓喜の渦に巻き込んだ。
母なる大樹は、まるで女王の回復を祝福するかのように、かつてないほどの黄金の光を放ち、その輝きは夜空を昼間のように照らし続けた。エルフたちは歌い、踊り、数年ぶりに訪れた心からの喜びに満ちた夜を過ごしていた。
もちろん、その中心にいたのは、奇跡を起こした俺――ではなく、俺の料理だった。
女王陛下の体力回復のため、俺はその後も数日間、聖なる厨房に籠り、滋養に満ちた料理を作り続けた。
最初はベッドの上でスープを飲むのがやっとだった女王も、俺の料理を口にするたびに、見る見るうちに元気を取り戻していった。
三日も経つ頃には、自ら食卓につけるようになり、フェンが獲ってきた珍しいキノコのソテーを、「これは歯ごたえが楽しいですね」と微笑みながら食べるまでになった。
「カケル殿の料理は、本当に不思議です」
ある日の食事の席で、女王は感嘆したように言った。
「ただ美味しいだけではない。食べるほどに、体の奥底から生きる力が湧き上がってくる。まるで、料理の一つ一つが、生命そのものを宿しているかのようです」
その言葉こそ、俺のスキルと料理に対する、最高の賛辞だった。
そして、女王が完全に回復したことを祝う、盛大な宴が開かれることになった。
その宴の料理番を任されたのは、言うまでもなく俺だった。
エルドラシル中のエルフたちが、期待に満ちた瞳で俺の厨房を覗きに来る。
俺はグロムさん(アイナ村から駆けつけてくれた)の力を借りて巨大な石窯を組み上げ、フェンが森のエルフたちと協力して集めてきてくれた、最高の食材を調理していく。
熟成させた肉や魚はもちろん、この神秘の森でしか採れない、光る野菜や歌うキノコ、虹色の果実。俺のアイテムボックスと料理の知識は、それらのポテンシャルを最大限に引き出し、誰も見たことのないような、幻想的で美味しい料理の数々を生み出していった。
宴の当日、母なる大樹の麓に設けられた大広場には、色とりどりの料理がところ狭しと並べられた。
エルフたちは、生まれて初めて体験する「食の喜び」に、ただただ夢中になった。普段は木の実と清らかな水しか口にしないような長老たちでさえ、俺の作ったパイ包み焼きを、口の周りをソースだらけにしながら頬張っている。
その光景を見て、俺は心の底から思った。
ああ、料理人になって、本当に良かった、と。
宴が最高潮に達した頃、女王アレクシアが、シルヴィアと共に俺の元へとやってきた。
「カケル殿。この度のこと、国を代表して、心から感謝します」
女王はそう言うと、俺に一つの小さな木箱を差し出した。
「これは、あなたへのささやかな礼です。受け取ってください」
箱の中に入っていたのは、一枚の、木の葉だった。
ただの木の葉ではない。母なる大樹の、最も古い枝から芽吹いたという、淡い緑色の光を放つ葉だ。
「それは『世界樹の若葉』。それを持つ者は、森羅万象、あらゆる植物の祝福を受け、たとえ砂漠の真ん中にあろうとも、意のままに豊かな森を芽吹かせることができるでしょう」
とんでもない代物だった。これ一つあれば、飢饉に苦しむ国さえ救えてしまう、神話級のアイテムだ。
「い、いえ、こんな貴重なもの、受け取れません!」
俺が慌てて辞退しようとすると、女王は穏やかに微笑んだ。
「あなたには、それを持つ資格があります。あなたの力は、武器や魔法のように何かを破壊する力ではない。生命を育み、人々を幸せにする力です。その力が、正しく使われることを、私たちは信じています」
シルヴィアも、隣で優しく頷いている。
俺は、もはや断ることができなかった。
エルドラシルでの役目を終え、俺たちがアイナ村へと帰る日が来た。
都の入り口には、見送りのために、女王をはじめとする全てのエルフたちが集まってくれていた。
「カケル、フェン、グロム! いつでも遊びに来いよ!」
すっかり俺たちに懐いた若いエルフたちが、手を振っている。
シルヴィアは、俺の前に進み出ると、そっと一枚の紙を渡した。
「これは、エルドラシルとアイナ村を結ぶ、秘密の地図です。これがあれば、いつでも会いに来られますから」
その言葉に、彼女の寂しそうな、しかし確かな想いが込められているのを感じた。
俺は頷き、仲間たちと共に、人間界へと続く光の道へと足を踏み出す。
追放者として始まった俺の旅は、いつの間にか、種族を超えた多くの絆と、世界を救う力の一端を、その手にしていた。
だが、俺の物語は、まだ始まったばかり。
「さあ、帰ろう、みんな。俺たちのアイナ村へ」
辺境の村で待つ、温かい日常と、新しい冒険の予感。
俺の胸は、次なる料理への探求心と、仲間たちと過ごす未来への期待に、大きく膨らんでいた。
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