第13話
俺たちのブースの前にできた行列は、時間が経つにつれて、その長さを増していった。
用意していたパイは、焼いても焼いても、瞬く間に売れていく。
「カケル、次の生地、もうできてるぞ!」
「グロムさん、窯の温度、もう少し上げられますか!」
「任せとけ!」
小さなブースの中は、嬉しい悲鳴が飛び交う戦場と化していた。だが、不思議と疲れは感じなかった。自分の作った料理が、目の前の人々を笑顔にしていく。その光景が、尽きることのないエネルギーを俺たちに与えてくれた。
客層も、いつの間にか変わっていた。
最初は物珍しさで集まってきた平民たちが多かったが、その評判が口コミで広がり、やがては上等な服を着た貴族や、裕福な商人たちまでもが列に並び始めたのだ。
「これが噂の……。ふむ、確かに、ただのパイではないな。香りが違う」
「まあ、なんて複雑で奥深い味わいなのでしょう!」
彼らは、最初は半信半疑でパイを口にするが、次の瞬間には誰もがその表情を驚愕に染め、追加で何個も買い求めていく。
そんな俺たちの盛況ぶりを、苦々しい表情で眺めている男がいた。
王宮御用達『金獅子亭』の料理長、ギュンターだ。
彼の店は、確かに今も多くの客で賑わっている。だが、その熱気は、明らかに俺たちの小さなブースが放つ異常なまでの熱量に、食われ始めていた。
プライドを傷つけられたギュンターは、ついに我慢ならなくなったらしい。彼は見習いを数人引き連れ、ずかずかと俺たちのブースの前までやってきた。
「おい、そこの田舎者!」
ギュンターは、行列に並ぶ客を押しのけ、俺を侮蔑に満ちた目で見下した。
「貴様ら、一体どんなイカサマを使った? こんな得体の知れない肉のパイが、我が店の『七色鶏のロースト』より売れるなど、ありえんことだ!」
その傲慢な態度に、フェンがカッと牙を剥こうとするのを、俺は手で制した。こんなところで騒ぎを起こすのは、得策じゃない。
俺は冷静に、そして静かに答えた。
「イカサマなんてしていませんよ。俺たちはただ、自分たちの村で採れた、最高の食材を使って、一番美味しいと思う料理を作っているだけです」
「村だと? 辺境の泥にまみれた食材が、王宮に献上される高級食材に勝るというのか! 笑わせるな!」
ギュンターは、まるで汚物でも見るかのような目で、俺たちのパイを睨みつけた。
その時だった。
行列の中から、凛とした、しかし有無を言わせぬ威厳をまとった声が響いた。
「―――そこまでになさい、ギュンター料理長」
声の主を見て、誰もが息を呑んだ。
そこに立っていたのは、銀糸のような髪をなびかせた、信じられないほど美しいエルフの女性だった。その姿は、例え質素な旅装束に身を包んでいても、隠しきれない気品と高貴さを漂わせている。
俺はその顔に見覚えがあった。アイナ村の俺の店に、時々お忍びで訪れてくれていた、物静かな女性客だ。まさか、こんなところで再会するなんて。
ギュンターは、その女性の顔を見て、明らかに狼狽していた。
「シ、シルヴィア様……! なぜ、このような場所に……!」
「私は、美味しいものの噂を聞いて来ただけです。それより料理長、あなたは料理人として、あるまじき過ちを犯している」
シルヴィアと呼ばれた女性は、そう言うと、俺たちのパイを一つ手に取った。
そして、その場で一口、上品に口に運ぶ。
彼女はゆっくりと目を閉じ、その味を吟味すると、やがて、至福のため息と共に、こう言った。
「このパイには、作り手の誇りと、食材への愛情が満ちています。見た目の華やかさだけで客を釣ろうとする、あなたの料理とは、宿っている『魂』が違うのです」
シルヴィアの言葉は、その場にいた全ての人々の心に、深く突き刺さった。
ギュンターは顔を真っ赤にしたまま、何も言い返せずに立ち尽くしている。
シルヴィアは俺の方に向き直ると、悪戯っぽく微笑んだ。
「カケルさん、あなたの料理は、やはり最高ですね。王都でも、ちゃんと通用しました」
その言葉に、俺はただ、胸がいっぱいになって、深く頭を下げることしかできなかった。
辺境の村で生まれた俺たちの誇りは、今、この王都のど真ん中で、最も気高い輝きを放っていた。
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