第11話
アイナ村を出てから、十日。
クレセント商会が手配してくれた馬車は、辺境の荒れた道を抜け、次第に整備された石畳の街道へと入っていた。
道中は、驚きの連続だった。
「うわー! カケル、見てみろ! あんなにたくさんの荷物を運んでる馬車、初めて見たぞ!」
「ふん、あれくらいで驚くんじゃねえ、小娘。昔はもっと活気があったもんさ」
窓の外の景色に目を輝かせるフェンと、昔を懐かしむように解説を加えるグロムさん。そんな二人との旅は、少しも退屈することがなかった。
夜の野営では、俺のアイテムボックスが真価を発揮した。熟成させた肉で作る簡単なスープや、硬くなった携帯用のパンをボックスに少し入れておくだけで、焼きたてのようにふっくらと蘇らせたり。温かい食事は、旅の疲れを確実に癒してくれた。
そして、旅の終わりは、あまりにも突然に、そして圧倒的な姿で俺たちの前に現れた。
「……なんだ、あれは」
地平線の先に、天を突くかのような巨大な壁が見えたのだ。それが、王都アステリアを囲む大城壁だった。
巨大な城門をくぐった瞬間、俺たちは音と色と匂いの洪水に飲み込まれた。
数えきれないほどの人々が行き交い、馬車がけたたましい音を立てて走り抜ける。道の両脇には、辺境では見たこともないような豪奢な建物が、空を塞ぐようにひしめき合っていた。
「うっ……人が多い……匂いもごちゃごちゃだ……」
フェンは人の多さに目を回し、鼻を押さえている。
「相変わらず、騒々しくて落ち着かねえ街だ」
グロムさんは、眉間に深いしわを寄せてぼやいた。
俺もまた、その圧倒的なエネルギーにただただ気圧されていた。アイナ村の静けさが、まるで遠い夢の中の出来事のようだ。
王都のクレセント商会支店で俺たちを迎えてくれたバルトさんは、旅の労をねぎらうと、すぐに収穫祭の会場へと案内してくれた。
「こちらが、カケル殿に使っていただくブースです」
王城前の広場は、すでに祭りの熱気に満ちていた。王都中の一流料理店が、腕によりをかけた職人たちが、それぞれ巨大で豪華なブースを構え、明日の本番に向けて準備を進めている。
そんな中で、俺たちに割り当てられたのは、クレセント商会の大きなブースの、本当に隅っこの小さな一角だった。
「今年の優勝は、王宮御用達の『金獅子亭』で決まりだろうな」
「いや、南から来た海鮮料理の『海竜の鱗(マーメイドスケイル)』も、活きのいい食材を山ほど運び込んでいたぞ」
周囲の店から聞こえてくる会話。どうやらこの祭りには、暗黙の格付けのようなものがあるらしい。
事実、金獅子亭のブースは、まるで貴族の館のように絢爛豪華で、シェフらしき男がプライドの高そうな顔で準備を指揮している。
そんな彼らから見れば、辺境の村から来た俺たちは、取るに足らない存在なのだろう。
「なんだ、あの田舎者たちは」「商会のおまけで出店させてもらったのか?」というヒソヒソ声や、侮るような視線が、チクチクと肌を刺した。
その夜、バルトさんが用意してくれた宿の一室で、俺たちはテーブルを囲んでいた。
昼間の会場の雰囲気を思い出し、俺は知らず知らずのうちに、拳を握りしめていた。不安や恐怖はなかった。むしろ、逆だ。
「……燃えてきた」
俺の口から、思わずそんな言葉が漏れた。
そうだ。これは、戦いだ。
その言葉に、フェンがニカッと笑った。
「だよな! あんな派手なだけの店、カケルのパイでぎゃふんと言わせてやろうぜ!」
グロムさんも、エールを注いだ杯をドンとテーブルに置く。
「ふん、見栄えだけの料理に、魂は宿らん。本物の味で、王都の連中の高い鼻をへし折ってやれ。わしらがついてる」
二人の力強い言葉が、俺の心の炎に、さらに油を注いだ。
俺は一人じゃない。この最強の仲間と、アイナ村の恵みが詰まった、最高の料理がある。
「ああ、やってやろう」
俺は静かに、しかし力強く頷いた。
「俺たちの村の味を、この王都で一番の味にしてみせる」
辺境から来た挑戦者たちの、静かで熱い決戦前夜。
王都の喧騒の片隅で、俺たちの絆は、かつてないほど強く、固く、結ばれようとしていた。
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