第6話
魂の叫びのような咆哮の後、ドワーフ――グロムはぜえはあと荒い息をつきながら、俺の顔を射抜くように見つめていた。その瞳には、もはや警戒心はなく、純粋な驚嘆と好奇心が渦巻いている。
「小僧……てめえ、何者だ?」
「カケル、と申します。訳あって、王都からこの村へ……」
「そんなことはどうでもいい!」
俺の自己紹介は、グロムの野太い声によって遮られた。彼は空になった皿をテーブルにドンと置き、身を乗り出してくる。
「この料理だ! わしはドワーフとして生まれ、冒険者として大陸中を渡り歩いてきた。それこそ竜のステーキだの、グリフォンの丸焼きだの、珍しいもんは散々食ってきたつもりだ。だがな、こんなに美味い『スジ肉』は、生まれてこの方、食ったことがねえ! 一体どんな魔法を使ったんだ!」
「ま、魔法なんて大げさなものじゃありませんよ。ただの調理法です。少しだけ、普通より時間をかけるというか……」
俺はスキルのことを隠し、曖昧に言葉を濁す。グロムは納得いかない顔で唸っていたが、やがて「ふん、一流の料理人には、誰にも明かせねえ秘伝の技があるもんか」と、一人で無理やり納得したようだった。
グロムは腕を組み、鋭い目で俺の家の中を見回した。その視線は、単なる食いしん坊のものではなく、組織の長としてのものに変わっていた。
「小僧、いや、カケルよ。お前のその腕、大したもんだ。特に、誰もが見向きもしねえようなクズ肉を、極上のご馳走に変えるその技術……」
彼は一度言葉を切ると、真剣な眼差しで俺に言った。
「冒険者にとって、革命になるかもしれん」
「革命、ですか?」
「そうだ。俺たちが討伐する魔物の肉は、毒があったり、硬すぎたりで、食える部位はごく一部だ。だが、お前の技術なら、それらを栄養価の高い極上の携帯食料に変えられるかもしれねえ。どうだ、わしらアイナ村冒険者ギルドと、取引しねえか?」
グロムが提示した取引内容は、破格のものだった。
ギルドが討伐した魔物の素材(肉や利用可能な内臓など)を、無償で俺に提供する。その代わり、俺はギルドの冒険者たちがクエストに持っていくための、長期保存可能な携帯食料を開発し、ギルドに納品する。
それは、俺にとって願ってもない提案だった。食材の安定供給、ギルドという強力な後ろ盾、そして安定した収入。断る理由など、どこにもなかった。
「その話、お受けします」
「カケル!?」
俺が頷くと、黙って話を聞いていたフェンが驚きの声を上げた。彼女は少しだけ不満そうに口を尖らせる。
「カケルの料理は、あたしとの約束なのに……」
「はは、もちろん、フェンのための料理も毎日作るさ。それに、もっと色々な肉が手に入れば、もっと美味しいものが作れるようになるかもしれないぞ?」
俺がそう言って頭を撫でると、フェンは少し顔を赤らめながらも、「……それなら、まあ、いいけど」と、しぶしぶ納得してくれた。
翌日から、俺の家の日常は少しだけ変わった。
ギルドの若手冒険者たちが、戸惑いの表情を浮かべながら、日替わりで魔物の素材を運んでくるようになったのだ。グレートラットの肉塊、フォレストウルフの足、時にはゴブリンの……いや、さすがにゴブリンは丁重にお断りした。
彼らは最初、「なんで俺たちがこんな余所者のパシリを…」と不満そうだったが、ギルドに戻るたびに上機嫌で鼻歌を歌うグロムの姿を見て、次第に俺を見る目も変わっていった。
一方のフェンは、簡単に食材が手に入るようになったことに、少しだけ複雑な感情を抱いているようだった。だが、ある日、彼女は決意を秘めた顔で俺に宣言した。
「あたし、決めた! ギルドの連中じゃ絶対に獲れないような、森の奥の、もっともっと珍しい獲物を捕まえて、カケルをあっと言わせてやるんだからな!」
その瞳には、新たなライバル(?)の出現に対する、狩人としての闘志が燃えていた。
俺は早速、グロムから依頼された携帯食料の開発に取り掛かった。
目標は「軽くて、長持ちして、栄養価が高く、そして何より美味いジャーキー」。
アイテムボックスで十日間じっくりと熟成させた森猪のモモ肉を、薄くスライスしていく。そこに、村で手に入れた岩塩と数種類の香草を丁寧に揉み込み、味を染み込ませた。
そして仕上げは、燻製だ。家の裏にレンガと粘土で即席の燻製器を作り、桜に似た香りの良いチップで、じっくりと肉を燻していく。
やがて、俺の家から立ち上る煙は、村に新たな香りを届け始めた。
これまでの食欲をそそる匂いとは違う、スモーキーで、どこか野性的な、深く、力強い香り。
「さて、どんな味になるか……」
燻製器の中でゆっくりと色づいていく肉を眺めながら、俺は思う。
追放されてたどり着いたこの辺境の地が、少しずつ、しかし確実に、俺の新しい「キッチン」に、そして「帰る場所」に変わり始めていることを。
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