第2話

脳天を撃ち抜かれたような衝撃から一夜。

俺はまだ、昨日の出来事が信じられないでいた。


あれは偶然だったんじゃないか? 空腹すぎて、味覚がおかしくなっていただけじゃないのか?


確かめなければ。

俺は突き動かされるように、家の外へ飛び出した。


まずは村の子供たちが遊びで採っていた、酸っぱいだけの「サルナシの実」をいくつか譲ってもらう。次に、村の用水路で釣れた「ニジマスモドキ」という少し泥臭い小魚を手に入れた。畑の隅では、硬くて料理に手間がかかるという理由で、格安で売られていた「石カブ」をいくつか買った。


どれも、そのままではとてもご馳走とは言えない食材ばかりだ。

俺はそれらを一つずつ、祈るような気持ちで【アイテムボックス】に収納していった。


まずは一日。

アイテムボックスからサルナシの実を取り出すと、あの時と同じ、芳醇な香りがふわりと立ち上った。皮は張り詰めているのに、中身はまるで蜜漬けのように柔らかくなっている。一口かじると、あれほど強かった酸味はまろやかになり、代わりに凝縮された果実の甘みが口いっぱいに広がった。


「……いける!」


次は三日後。ニジマスモドキを取り出す。すると、生魚特有の臭みは完全に消え、旨味だけが凝縮された高級な一夜干しのような姿に変わっていた。軽く炙って口に運ぶと、淡白なはずの白身から、濃厚な魚の脂と味わいがじゅわっと溢れ出す。


そして一週間後。石カブは、まるで果物のような瑞々しさと甘みを宿していた。硬い繊維はどこへやら、シャキシャキとした心地よい歯触りで、生でかじっても絶品だった。


「間違いない……!」


俺は確信した。

このスキルは、ただの【アイテムボックス(劣化版)】なんかじゃない。

収納した食材を、時間経過と共に最高のご馳走へと変貌させる力。言うなれば、【神々の熟成庫】とでも呼ぶべき、とんでもない能力だったのだ。


その夜。

俺は、アイナ村に来て初めての「晩餐」を開くことにした。もちろん、客は俺一人だ。


メニューは、三日間熟成させたロックバードの胸肉を使った「ハーブ塩焼き」。一週間熟成の石カブで作る「とろとろポタージュ」。そして、一日熟成のサルナシの実を添えた、森の葉っぱのサラダ。


日本の記憶を頼りに、ありあわせの道具で調理を進める。

熟成肉を焼く香ばしい匂いが、小さな家に満ちていく。パーティー時代に食べていた、味気ない携帯食とは天と地ほどの差だ。


完成した料理をテーブルに並べ、まずは肉を一口。


「うまい……うますぎる……」


思わず、声が漏れた。

柔らかい肉質、溢れる肉汁、噛むほどに広がる深い旨味。パーティーにいた頃は、食事はただのエネルギー補給でしかなかった。こんな風に、心の底から「美味しい」と感じたのは、一体いつぶりだろうか。


温かいスープが、冷え切っていた心まで溶かしていくようだった。

目頭が熱くなるのを、俺は止められなかった。


追放されてよかった、なんて思わない。

でも、この場所で、この力と一緒なら。きっと俺は、楽しくやっていける。

そう、確信できた。


食事を終え、満たされた心地で薪ストーブの火を眺めていると、ふと、家の外から物音がするのに気づいた。


ガサガサ……。


森の草を踏むような音。野生の動物だろうか。この村は森と隣接しているから、時には危険な魔物も出ると聞く。俺は身を固くし、息を潜めた。


音は、俺の家のすぐそばで止まった。

そして、クンクンと、何かを必死に嗅ぐような鼻息が聞こえてくる。


心臓が少し、早鐘を打つ。

意を決した俺は、音を立てないように、そっと扉に近づき、勢いよく開けた。


「誰だ!」


そこにいたのは、熊でもゴブリンでもなかった。


森の木漏れ日を浴びて、銀色に輝く髪。ぴんと立った狼の耳と、ふさふさの尻尾。歳は俺より少し下だろうか。簡素な革の狩人服をまとった一人の少女が、驚いたように目を丸くして、こちらを見ていた。


少女は俺の姿を認めると、野生動物のように鋭い警戒心を瞳に宿らせる。だが、その視線はすぐに俺の背後、部屋の中に残る料理の香りに引き寄せられたようだった。


ごくり、と少女の喉が鳴るのが、妙にはっきりと聞こえた。

彼女は、俺と部屋の中を交互に見ながら、ためらうように口を開く。


「……そのお肉」


少女は、俺が夕食に食べた、ロックバードのハーブ焼きを指差しているようだった。


「すごく、いい匂いがする……」


その言葉は、警戒心よりも、抑えきれない食欲と好奇心に満ちていた。

俺と腹ペコの獣人少女の、これが最初の出会いだった。

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