死神と俺
ダイノスケ
第1話
俺に死神が取り憑いて30年が経過した。
あのまだ小雨が降り続く午後、猫カフェの扉を押したりせずにそのまま街路樹の下を通り過ぎていたならと、今でも頭をよぎる。
カフェの扉を開けた瞬間、視線の先で鏡のような瞳に、雨粒を伝う太陽の光と共に俺の未来がひび割れる音が映り込んだ。
妙な存在感を放つ貼り紙に記されていたのは、俺の推し猫『あずき』の訃報だった。
俺「なあ死神、俺の周りの命を奪って俺に寿命を与えるのはなぜだ?」
死神「可愛いニャンちゃんを我が家にお迎えする為だ。そして寿命保存の法に従わなければならない。」
俺は仏壇の家族と彼女の写真に背を向けながら、「また大切な存在の寿命を吸って俺だけ長生きさせるのか」と死神を睨んだ。
「ああ、それがお前が生きたいと願った夜に、その血に刻まれた祈りだヨ」
30年前病室でまだ死にたくないと思ったこと、あれは間違いだったのだろうか。
目の前を覆う目映い暗闇に、俺の心は空虚で満ち溢れた。
女性「あずき逝ってしまったんですね...推し猫だったんですよ」
大切にすればするほど死神に奪われると知りながら、猫を失った心の隙間は猫でしか埋まらない。
猫カフェの新たな推し猫にゃんまるを撫でる俺に、二十代前半だろうか、さらさらの髪の女性が声をかけてきた。
女性「亡くなった命と会わせてくれる人がいるって言ったら、あなたは信じますか?」
何を言っているんだこの女は、せっかく可愛いと思っていたが気持ちが急速に冷えていくのを感じた。
利用時間も終わりを迎えつつあったので、俺はその女を無視してその場をあとにした。はずだった。
彼女の指先が額に触れた、と感じた時にはもう遅く、思考を裂いて流れ込んだ声はこう告げた——「耳を塞ぐのは自由ですけど、見殺しにするより悪質ですよ。」 死神「おい人間、気をしっかり持て。あの女は俺よりタチが悪いゾ。」その声が遠ざかり、意識が沈んでいくのを感じた…。
謎の女性「———目が覚めたかい?———さて、ここがどんな風に映っているかは君次第。でも、まぁ……形式として伝えておこう。ここは現実より現実めいて、夢よりも夢じみた虚構。ある者にとっては魂の棺桶(終着点)でもある。地獄というには美しすぎる場所さ。」
意識の戻った先、俺の視界には砂浜と海とそれらを包む夜の静寂だけが広がっていた。
謎の女性「さぁ会っておいで、君が望んだそれは、きっと待ち侘びているよ」
俺の目の前には、すでに亡くなったはずの両親と彼女、そして推し猫のあずきが居た。
あずきが砂を踏み「──久しいな、人の子よ。」それは挨拶と言うには重く響き、「…あの時の祈りが、君の歩みを妨げた。すまなかったな」
あずきを抱え上げた母が、涙を流しながら俺に微笑んだ。「ごめんね、ずいぶん長い間独りにさせて。もうこれからはずっと一緒よ。」 夜の砂浜に、4人と一匹の笑い声が響いた。死神のため息は、波打ち際の音でかき消されどこにも届かなかった。
「——さて、儚い再会の夢もここまで。そろそろ夢から覚める時だよ。これ以上ここに留まれば、君の精神は確実に蝕まれてしまうからね。——それと——目的も達成出来たし」そう女性が告げると、言葉と共に金色の光が彼の身体を包み込み、輪郭が揺らぎ始めていった。
俺は病室のベッドで目が覚めた。さっきまで俺は、母さん達と…そんな時頭上から死神の声が響いた。
「あの世から帰ってきた気分はどうダ?」
「……あぁ…」肺に流れ込む空気が、鉛のように重く、一秒毎に意識が遠ざかって行く──ようだった。そんな俺に死神が告げる「ああ、そうそう──あの夜──オマエはアレに魅入られたんダ。神すらも殺すチカラにナ」「オレはオマエのチカラを利用して魂を回収していたに過ぎなイ」「だが、夢の中であの女とバステト神がそのチカラに1つ細工をしタ」
「何一つ分かんねぇよ!死神に会う前から俺は周囲の命を奪う力があって、お前はそれを利用して、謎の女が幻を見せて、バステト神とやらが細工を施した!?俺はお前らのおもちゃじゃねぇんだぞ!」
振り上げた拳は死神を虚しく通り抜け、無機質な壁に叩きつけられる。走る鈍痛と、その感触だけが、ここが間違いなく現実だと告げていた。
「まぁ落ち着け。バステト神はあの猫だヨ。そして施した細工とはな───」───それから幾つもの季節が過ぎた。俺は誰も死なせていない。──命を断つ権能は今も確かに俺の内にある。それを振るうかは俺の意思次第だ。……この力をどうするべきか、その答えを出す日は、きっとそう遠くない。 ───月に近い高みにて、白銀の女性が微笑んでいた「さぁ、"キノトグリス"に魅入られた彼の物語……これからも聴かせておくれよ。」
死神と俺 ダイノスケ @Dainosuke11
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