第3話 追憶の森①

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 依頼された森にたどり着くと、僕はグレッグの指示で彼の後ろをついて歩いていた。


「怖いか?」


「森に入るなんて初めてで、ちょっと緊張するかも」


 僕のその言葉にグレッグがどんだけ生ぬるい環境で育ってるんだ?というような目をするのを見て、僕は思わずしょんぼりしてしまう。

 現代の日本では整備されたエリア以外で生活することはほぼない、そういう意味でもグレッグがついてきてくれて本当に良かったと僕は思った。 


「でっかい背中だなぁ」


 僕がそういうとグレッグは照れくさそうに頭をかいた。

 そんな彼の様子に昔飼っていた犬を重ね、僕は彼が少し可愛いなと思った。


「おっと、ここで一旦停止だ。あれを見てみろ」


 グレッグが片腕で僕を制止し、指さした場所を見ると、奇妙なものがあった。


「樹木に動物の骨が飲み込まれてる?」


「人間だよ、人骨だ」


 その言葉に僕は思わず息をのむ。

 丁度そこに通りかかった鳥を、木の枝が鞭のようにしなり叩き落す。

 僕らの目の前に落ちた鳥は潰れて赤いペースト状になっていた。




「ここは普通の森に思えるがカオスオブジェクトによる異界化が起きてるんだ。木々の中にクリーチャーが混ざっている。知らずに歩いたらこの通りってわけだ」


 しかしまぁ、そう言いながらグレッグは歩き始める。


「ガットの野郎ここを処刑場代わりに便利に使ってたらしいな」


 その言葉の後から木々を見ると、木々のそこかしこに骨や腐って溶けた肉などが巻き込まれいびつに歪んだ木がいくつもあった。


「おかげで目安はつきやすいか、離れるなよジョッシュ」


「出来ればゆっくり目に歩いてくれると助かる」


 わかったわかった、そういってグレッグは笑う。

 僕は子供扱いされてるみたいで少し恥ずかしい気持ちになった。


 それにしてもこの森、人間の骨だけじゃなくてモンスターのような、見るからに異形のなにかの骨もそこかしこにある。グレッグは恐ろしくはないんだろうか。


 そんな僕の気持ちとは裏腹に彼は迷わず進んでいく。

 親切で優しくて勇気があって頼もしい、僕はこの世界で最初に出会ったのが彼でよかったと心から思った。




「そんで、なんで化け物殺しを請け負った俺達がこんな連中捕まえてるんだっけ」


 僕とグレッグの食料を狙って襲ってきた二人組を返り討ちにして捕まえ、僕らは縛り上げたリザードマンと、太っちょの猫獣人を見下ろしていた。


「死ぬ前にその人間の悲鳴を聞きたかったナァ」


 リザードマンは舌なめずりをして僕を見た、その目は常軌を逸しているように見えた。

 彼の仲間であるはずの猫獣人はふわぁとあくびをして眠そうにうとうとしている。




「殺しが趣味か、ならわざわざここでやらんでも街中でも街道でもいいだろうに」


 グレッグが呆れながらそういうと、リザードマンはケタケタと笑った。


「命捨ててる奴殺しても楽しくないだろ、楽しくないよなぁ?こういう場所でまさか自分が死ぬとは思ってない奴を切り刻んで、限界まで追い詰めてさぁ、命を惜しんでよぉ、殺さないでって嘆願する顔を眺めながらぶっ殺すのが最高に気持ちいいんだ」


「悪趣味だねぇ、まぁ気持ちはわからなくもねぇが相手が悪かったな、相応の報いは受けてもらうぜ」


 と言いながらグレッグはリザードマンの首元に鉈を押し付け、僕に耳打ちする。


「なんて言ってはみたがどうする?このままほっとけば勝手にくたばるとは思うが」


「出来れば人死にはない方が」


 僕のその言葉にグレッグは予想していた通りの返答だとばかりに小さくため息をつく。


「やっぱり甘ったるい考えだなお前」


 価値観の違い、グレッグは僕のそれを確かめようとしたのだ。

 なんとなく察してはいたけれど、恐らく僕が現代の日本で生きてきた常識はこの世界では足かせになる。彼はそういいたいのだろう。


「それでも、お前がそうしたいって言うなら」


 グレッグは僕に笑って見せ、鉈でリザードマンの服の胸元を割いて、鉈の先でギルドプレートを引きずり出すと、リザードマンは青ざめた顔をした。


「おやおや、どうにも都合が悪いことを見つけちまったみたいだな。ギルド所属者が人間を命令外で襲うのはご法度だ。このことをガットの野郎が知ったら、てめえの体の皮から鱗、骨に至るまでバラバラにはぎ取って装備品として売りに出しちまうかもな」


「あんまり相棒をいじめないでやってくれにゃ」


 猫獣人は相変わらず眠そうな顔をしながらもグレッグを見上げてそういった。

 その様子からグレッグはリザードマンと猫獣人がなぜ二人で行動しているか、その理由を察したようだった。


 人格的に信用が置けないリザードマンではあるが、猫獣人が監視することで条件の履行は可能だという事を、猫獣人はそれとなくグレッグに伝えたのだ。


「それならお前ら二人今から俺たちのクエストに付き合え、命がけでな」


 こんなとこでどうだ?と得意げな顔をするグレッグに僕は苦笑いをしながら頷いて見せた。




 僕らはひとまず二手に分かれて周辺の調査と、食料の調達を行うことにした。


 グレッグと僕、向こうの二人組で二班。


 慎重な様子だったグレッグがその提案をしたのは意外だったが、少なからずギルドに登録があるモンスターであることと、グレッグの鼻が彼らの匂いを覚えた事で追跡や発見がたやすい事が担保になっていると彼から道中説明があった。




「長期戦になると手持ちの食料だけじゃ心もとないしな、探索しながら物資調達は基本だぜ」


「でもこの森って動物の気配もないし、キノコや果物も成ってる様子がないけれど、食料はどうやって確保するの?」


「あーそれ、やっぱり気になるよな」


 そういうとグレッグは苦笑いして頭をかき、周辺の匂いを確認して歩を進めた。

 その先には木に取り込まれたグズグズに溶けた死体と、その荷物があった。


「もしかして……」


 青ざめる僕を尻目にグレッグは食人樹木との距離を慎重に詰めて、バックパックをひったくるように掴むとこちらに戻ってきた。


「ほい、この通り!」


 彼は腐肉となにかの汁がたっぷり付着したバックパックを掲げてドヤ顔を浮かべている。

 まるでフリスビーを取って戻り、褒めてもらうのを恍惚としながら待つわんこのように。。


「やっぱりかー」


 それを食べるのは少し抵抗があるという感想は伏したまま、グレッグは頭を撫でられるのと賛辞、どっちが嬉しいだろうと少し逡巡して。

 勉強になります。と言葉にした。


 グレッグは両手を腰に当てて胸を張り鼻息荒く、「俺にかかればこんなもんよー!」と言った。

 嬉しそうにする彼を見ると、なんだか僕も楽しい気持ちになるのが不思議だ。




 森を訪れて2週間が経過した。


 僕らはオブジェクトの位置を特定しその近辺にやってくる事ができたが、カオスオブジェクトの混沌浸食のためか空間的な捻れが発生し、前に進む事も後ろに戻る事も出来ない状況が数日続いていた。


 その日も僕とグレッグは二人の獣人と2班に別れて探索を続けていた。

 グレッグが言うには浸食の起きている境界面がどこかにあり、それを特定すれば現状の打開は可能、そのため僕らは主に浸食境界を探して探索していた。


 しばらく探索を進めている最中、唐突に鳴り響く轟音に僕らが振り向くと森の中だというのに大量の水が津波のように押し寄せてきた。


「オレの側を離れるなよジョッシュ!」


 そう言ったグレッグに捕まろうとした僕だったが、津波の速度が速く濁流に巻きこまれ、流されていく僕を追いかけて走ったグレッグを食人樹木の枝が貫き、縛り上げてしまう。


「グレッグ!」


「諦めるなジョッシュ!手を、手を伸ばせ!」


 そう言ってグレッグが伸ばした手を僕は一度は掴む。しかし、流されてきた瓦礫が頭に当たり、手の力が弱まりそのまま流されてしまった。


 遠のく意識の中、グレッグが僕の名を呼ぶ声が何度も繰り返し聞こえた。




 この世界に転移してきた時の事がフラッシュバックする、僕はグレッグと過ごしてきた日々を思い出し、まだ生きていたいと、心からそう願った。




「君は不思議な人だね、ここに来た誰とも違う」


 水の中なのに声が聞こえた。幼い男の子のような声だ。


「人間なのにモンスターが好きなんて、変わってるね」


 その声は感覚器官を通してではなく、直接僕の意識に響いているようだった。


「この世界に来て初めてできた友達なんだ」

 妄想や幻聴かと思いながらも、僕はその声に答える。


「へぇ、そうなの」


 無邪気な笑い声がした、明るくて子供らしい木漏れ日のような声。


「会いたい?」


 その言葉に僕は胸の奥に触れられた気がした。

 思いが湧き出してくる。

 グレッグに会いたい、もう一度彼に会いたい。


「うん、会いたい」


 静寂、もう水の音も聞こえない、全身の感覚もなかった。

 ただ宙を漂っているような感覚の中で、僕は彼の返答を待つ。


「じゃあ僕も連れて行って、そうしたら会わせてあげる。君の友達に」


 唐突に体の感覚が戻ったかと思うと、次の瞬間僕は濁流から放り出され地面に転がった。

 せき込みながら呼吸をして立ち上がるとそこには奇妙な光景が広がっていた。




 森の中にまるで透明な壁があるかのように大量の水がせき止められている。

 それは左右に真っすぐ続いていて何かの仕切りのようにも見えた。


「もしかしてこれがグレッグの言っていた境界?」


 その幻想的な様子に僕は水と空気の境目を触れてみる。

 ミスリルプレートが強烈な光を放ち思わず僕は目を閉じた。


 再び視界を取り戻した時、境界を触れていた僕の手の中に、一本の琥珀でできたダガーが握られていた。


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