VIOLENCE
鷹山トシキ
第1話 雨の匂い
雨の匂いが交差点のタイルにへばりついていた。祐一は手の中でゴルフクラブのグリップを巻き直すふりをして、震えを隠していた。冷たい金属が掌に伝わるたび、胸の奥で何かが割れそうになる。あの日の声。あの笑い。時間が薄く、切れていく。
目の前には岩成。傘を片手に、いつもと変わらない背中。祐一の理性は一瞬で崩れ落ちそうになった。拳を握る代わりに、彼はクラブを地面に軽く突き立て、柄に刻まれた小さな傷を見た。そこに刻まれているのは、自分が昔子供の頃につけた番号だった──思い出せば、力が抜けた。
「やめろ」と、誰でもない自分に言い聞かせる声が出た。祐一は深く息を吸い、震える手でスマートフォンを取り出す。ボイスメモを押し、即席の録音を始めた。言葉を相手に投げつける代わりに、記録する。すべてを。自分の感情、記憶、そして今の脅威の証拠を。
岩成が振り返り、顔に戸惑いが浮かぶ。言葉が交わされる。怒りは消えないが、別の道が開いた。祐一はその場で警察に電話をかけるのでも、暴力で決着をつけるのでもなく、長年抑え込んでいた事実を公にする準備を始めた。彼の手は震えていたが、目は決して揺らがなかった──壊すべきは人間ではなく、隠された事実と、自分の中の沈黙だった。
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