霧のアスガルド

獅子堂まあと

第1話 巫女の予言

Ekmanjötna

私は覚えている,はるかなる時を


árofborna,

はじめに生まれし巨人たちを,


þásforðummik

そのむかし私を


fœddahöfðr;

はぐくみ育てし者たちを.


níumanekheima,

私は覚えている,九つの世界を


níuíviði,

九つの根の枝を,


mjötviðmæran

土の中にありし


fyrmoldneðan.

名だかき測り木を.



* * * * * * * *


 どこだかは分からないが、どこなのかは良く知っている場所に立っている。

 目の前には黄金の玉座がある。

 ”私”は重たい衣装をつけて、黄金の腕輪を嵌め、黄金の槍を手にして、その玉座に腰を下ろす。

 眼の前には玉座に侍る部族の人々がさかんに歓声を上げ、感極まった様子で叫び続けている。

 「再び王が生まれた! これで、島は安泰だ。敵は滅ぼされた。」

 「”滅び”の時は回避された。予言の巫女よ、万歳!」

 「万歳!」

違うのだ、と言いたいのに、声は出ない。

 玉座など自分には相応しくないと思っているのにら、立ち上がろうにも、椅子に張り付けられたように体が動かせない。


 ――王になりたくて、この島に戻って来たわけではない。

 英雄になりたかったわけでも、崇め奉られることを望んでいたわけでもない。


 助けを求めるように視線を彷徨わせた時、ただ一人、困惑したような眼差しでこちらを見つめている男と視線が合った。

 熊の毛皮を肩に掛けた、まるで古代の戦士のような出で立ちをした若い男。その男の目だけは、”私”の困惑の全てを見抜いている。

 「…いいのか? 本当に、それで」

 (良くない…)

答えようとするのに、口元にはただ、うっすらとした笑みだけが浮かんでくる。

 彼はきっと、気づいているのだろう。ここにいる”私”が、本当の私ではないことに。この狂乱の先にあるものが、決して幸福な結末ではないことに。


 ――運命は、定められた筋道に従って必ず悲劇へと向かう。

 予言の巫女たる”私”は、知っている。


 この玉座に座る者は、島を破滅へと導く者となる。

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