祝辞
長万部 三郎太
彼らしいトーンで
いつも言うことが仰々しい哲学者のような友人がいる。
キャリアアップのために転職を決めた上司に対して、
「今を捨て、不確かな未来に賭ける中年男性の度胸を!」
と送別会でエールを送った。
また見事志望校へと進学を決めたウチの子に至っては、
「積み上げたものを崩して進む、余りにも青い果実たちに」
とお祝い金を出してくれた。
挙句の果てに、共通の知り合いにお子さんが産まれた際に贈った言葉が、
「これから死に往く新しくも儚い命へ……」
と誕生祝いの逆を行ったりもした。
友人のこのような破天荒さにすっかり慣れてしまったわたしだが、あろうことか彼の結婚式に際してスピーチを頼まれてしまった。
友に贈る言葉はいつもの彼らしいトーンで攻めるべきか、いち社会人としてTPOを弁えるべきか。三日三晩悩んだ結果、前者でいくことにした。おそらく招待客の多くが彼の言動に慣れた人たちだろうという判断だ。
結婚式当日。
友人代表ということで、スピーチの出番がきた。
ジャケットのボタンをかけ、少し曲がったタイを整えるとマイクがONになっていることを確認して、いざ……。
「良妻を得た君は幸せになれる。
もし奥さんがそうでなかったとしても、君は良い哲学者になることだろう」
会場の様子がおかしい。哲学者ソクラテスの言葉を引用したつもりだったが、さすがに攻め過ぎただろうか……?
(しまった、不適切だった)
慌てて謝罪しようとしたわたしの手からマイクを奪い、静かに続きを話す新郎。
「わたしは妻と出会ったときから悔いています。
死へと進むわたしにとって、彼女との離別ほど辛く苦しいことはありません。
いっそ出会わなければ良かったのにと今でも思います」
再びマイクを渡されたわたしは、彼の発言に沿うようにこう返した。
「結婚をした君は後悔するだろう。
だが、結婚をしなかった君も後悔しただろう」
同じく哲学者のキェルケゴールの言葉だ。
会場の雰囲気は一変し割れんばかりの拍手に包まれ、わたしは新郎の機転のおかげで赤っ恥をかかずに済んだのだった。
(忌み言葉だけで述べよシリーズ「祝辞」おわり)
祝辞 長万部 三郎太 @Myslee_Noface
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