与太

長万部 三郎太

確たる証拠は何も

世の中には実に珍妙な職業が存在する。例えば今から紹介するこの男がそうだ。

彼の仕事を解説する前に、ひとつ忠告をしておこう。


今から見聞きする話は与太話だ。

間違っても、この内容を誰かに伝えたり書き留めたりしてはならない。



『シモヤマケース』はご存じだろうか?


男は若い頃、GHQの特命を受け国鉄幹部専任の運転手をしていたとの噂があった。

つまりあの日、下山総裁の運転手だった可能性も十分にある。何かを知っているはずだった。


次に『ケネディ大統領暗殺事件』はどこまで知っているだろうか?

オズワルドについてはどうか。ルビーとの関係は?


男はルビーとオズワルド、さらにはCIAをも繋ぐミッシングリンクだったとの証言もあるほど、アメリカの歴史を語るうえで重要な立ち位置にいた。


では『三億円事件』には詳しいだろうか?


日本一有名な指名手配のコラージュ写真がある。あの写真の被写体こそ、若かりし頃の男であった。

(何故この男の写真が使われたのかについては、あなたは知らなくてよい)


最後に『キツネ目の男』、『かい人21面相』については……?


あの手配書は目撃情報をもとに作られたものだが、人相書きを描いたのは当時警視庁に幽閉されていたと云われるこの男だった。また、約150通もの脅迫状からプロファイリングという手法で捜査に協力していたという記録が残っている。



このように日米における戦後の大事件に付きまとう、影のような存在。

匂わせるだけ匂わせて、それでいて確たる証拠は何も残っていない。



……と、このように架空の仕事をひとつ捻出しただけで、脳の妄想野と呼ばれる部位も動きが活発になるだろう。ミステリアス・ホルモンも過剰分泌だ。


もちろんこのような男は存在しないし、脳にもそんな部位はない。





(戦後のミステリーシリーズ「与太」おわり)

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与太 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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