掌編、ショートショート

なみくに

生得的戦争

 山があった。

 空よりも高い峰の頂には、プリンのように平面が広がっていることがわかった。

 ある予言者が、そこには閉鎖された楽園があると言った。地上は戦いに溢れていて、花は咲くそばから踏み躙られる。人々は楽園を目指した。

 ある男が、最も早くそこに辿り着いた。男は孤独だった。家を売り、仕事を辞め、現世から逃げた。持てる金の全てを使い、険しい峰と戦った。

 果たして、そこには楽園とも言うべき、完全な文明があった。

 そこの女王が男に言った。

「現世の者からここを守らなければなりません」

 男は騎士になった。

 戦いは壮絶だった。男は傷つき、喘ぎ、苦しんだ。やがて男はここから逃げることを決意した。

 しかし、峻厳な山を降りるのは容易ではなかった。男は血を手に滲ませながら、一歩ずつ降りた。

 やっと地上についたとき、男はひどく疲れていた。喉の乾きを潤そうと市場に入った。「百二十デルマだよ」男は金を一銭も持っていなかった。山に入るために資金の全てを使ったからだ。

 男は職につく必要があった。知り合いはもういない。職業を斡旋している組織で、必死に自分を売り込んだ。

 努力の末、ある地方の宿直人として雇われることになった。男はこれで生活に楽ができると喜んだ。

 警護は朝七時から夜二十二時、それで日給二万デルマ。一日のほとんどを気の抜けない仕事に費やし、余裕は全くなかった。

 しばらくして男は退職した。幸い資金はある程度あるから、当分はこれで生活できる。男はもう老年になっていた。

 浮浪者になった男は、民衆からはよく思われなかった。人々は戦いを盾に石を投げ、罵声を浴びせた。戦争が終わっても、それは続いた。男は、戦いのない時代などこないのだと知った。

 男は辺鄙な町に逃げて、有料庭園で花畑を営んだ。園芸に対して明るくなかった男は、四六時中花と接し、懸命に戦った。

 そして、男は戦いのまま死を迎えた。

 彼が倒れたこの庭には、桃色の花が美しく咲いている。

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