第15話 遠い約束
そして、ふっと黙ってお互い昔のことを思い出していた。
時間が、まるで逆戻りしたように…
「今、逆に戻っても同じになると思うよ。私達は日常の中では 一緒に生活は出来な
いもの、生活しなくちゃいけない時期は一緒に居れないものね」と私。
お互い同じことを思っていた。
私は、少し気が緩んで来た。
彼の突っ張り棒の力も弱っているようだったので、思い切って訊いてみた…
「もし、私に何かあって、昔の状態になって一人になったら、又、昔に戻れる?」
「ウン、勿論」元気に断言する彼。ちょっと、意外。
「本当?戻れる?あなた」
「戻れるよ」
「じゃ、その時私が七十位のお婆ちゃんになっていても?」
「ウン」力強く返事をする彼。
私は、そんな約束なんて取りたくなかった。
ただ、お話として訊いてみただけなのに、彼の真剣さに戸惑っていた。
「ただ、お話としてよ、そうなったらどうしてるかなって?」
「きっと、一緒に居るよ、今と同じ状態で」
「そうかな?」
「だって僕が、こんなに困る位、変わってないなんてコトをだよ…ミルクと居ると
感じさせられるんだもの」
「だけど…考え方は変わらないけど、体形や外観は変わるわよ」
「平気だよ、ミルクとなら、平気だ」
「どうして?」
「・・・・」
私は、想像の世界の出来事を話しているつもりなのに、彼はドンドン話を続け、想
像の夢の世界に入っていく。
私は、ただ彼の夢の世界に入って、いっしょに彷徨っていた。
只、時間を気にしながら。
「ごめん、夢の未来を話す前に、ちょっ待って、現実の世界を…ちょっと、電話し
てくる」
彼は黙って頷く。
遠慮しがちに「じゃ、もう一杯飲んで仕上げる?」と訊いてくれる。
「ウン、でも、本当に私達ってよく飲むね、あなた肝臓は大丈夫?」
「ウン、おかげさまで、今のところ大丈夫なんだ」
「そう、それじゃよかった」
「何、飲む?」
「ウーン、任せとく」
そう言って私は、少し背の高い椅子から滑るように降りてドアを開けて外に出て、
電話した。
耕二さんはもう家に戻っていて、電話の向こうで「ソロソロ帰っておいでよ」と、ちょっと不機嫌にしていた。
どうも、突然、耕二さんのお気に入りのスタッフが一緒に帰って来ているらしい。
私は、一瞬にして現実の時間の中に放り込まれた。
『帰りたくないよ、このまま逃げたいよ』と思った。
「ゴメン。話が長引いてるの。もう少しかかるわ」と、一方的に耕二さんに喋って
電話を切った。
席に戻ると、カクテルが出来ていた。
「これはね、***をサワーで割った***なんだよ」と彼が説明してくれていた
が、私は「そうー」と返事をしていたが、何も聞こえていなかった。
現実の束縛された時間と、彼との時間の狭間で自分の置き場所を定めるのに戸惑っ
ていた。
「どう?おいしい?」と彼が聞いたので、一口飲んでから、自分が返って来た。
「おいしい」と答えていた。本当においしかった。
何なのかは分らなかったが、コーラに何かのお酒が入っていたように思う。
「こんな、アンチョコなカクテルも又、いいものだろう?」と彼が言っていたのを
ぼんやり覚えている。
「こんなアンチョコなカクテルもジャマイカのホテルのプールサイドなんかで飲む
と美味しく感じるんだから不思議だよ」
「フーン」
「そうだ、ミルクとジャマイカに行こう、毎日ボォーッと過して、一日ダラダラと
お酒を飲んで・・・」
「ウーン、そう云うのもいいけど、私、ジャマイカは、もうひとつピンと来ない
な」
「どうして、いいよ、のんびりして」
私は、暑い国が苦手だ、寒過ぎるのも困るけど、ジャマイカと云う響きが今の私にはピンと来なかった。
でも、これは夢の中の想像の世界の話だからと、話の中で漂っていた。
「そう、プールサイドでミルクは一日中、日向ぼっこしている。そう、水着は白が
いいなぁ」
「白?自信ないなぁ…、それに、ちょっと、その時私いくつだと思ってるの、も
う、お婆ちゃんよ、そんなの気持ち悪い」
「いや、大丈夫だよ、ミルクなら許す」
「どうして?変なの、私こんなに痩せっぽちなのに、その時までに、太って
おかないとね。まぁ、いいわ、カリブ海って素敵でしょうね」
「そう、そしてあの綺麗な夕陽を見ながら、又一杯やってお腹が空いたらフルーツ
や新鮮なシーフードを食べる」
「まぁ、そんなふうに暮せたら最高ね、そして夜は映画を観たり、本を読んだり、
ゆっくり過すの?」
「ウン」彼はやさしい目をして、遠くを見つめるような眼差しで私を見つめてい
た。
それは、私の遠く未来を見ているように…
私は、深刻に話すコトを避けようとして言った。
「そして、夜観ている録画って云うのが、倉本さんの『前略…』だったりして、シ
ョーケンや桃井さんが、昔のままの状態で出てて…それ観てたりしたら…」って言いながら私は笑っていた。
彼も、困ったように、そうなりそうだと云う笑いをしていた。
「いくらなんでも、前略は止めましょう、せめて『北の国から』にしましょう」
「ウン」と、彼は苦笑していた。
「でも、駄目ね、蛍ちゃんだって、今はもう、大人の女よ」
「そうだ、もう、小学生じゃないんだよな」
「そうよ、厭だなぁ、二人で居ると、まったくバック・トュー・ザ・ヒュー
チャーになっちゃいそうで」
「・・・・・・・」
「でも、映画のように、今から私達がバック・トュー・ザ・ヒューチャーみ
たいに20年前に戻ったって、今と同じだと思うよ」
「・・・・・」
「私は、あなたとは暮せないもの、一緒に生活は出来ないもの、生活は別の次元に
あるものだと思うから…あなただって私とは生活出来ないと思ってるでしょう?」
「ウン、二人とも似過ぎてるからね」とポツリと言って頷く彼。
一緒には暮せないと云う同じ会話を何度も繰り返しては、頷いてばかりいた。
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