第7話 生きていていいんだ

 「こんな人間恐怖症の私を理解してくれているのは、この世に耕二さんしか居ないと思っているよ。感謝してるよ。こんな私を好きになってくれたこと…」

  結婚生活に付きモノの親戚付き合いなど、世間の雑用で煩わされるような事は全

て耕二さんが引き受けてくれている。

私は完璧に耕二さんにガードされ、守られて生きている。

これ以上、私にとって心強いパートナーは居ないと信じている。

 だから、その他の事は、我慢しなくちゃいけないと自分に言い聞かせて生きてい

る。

耕二さんを愛して、必要としているのに…逃げ出したくなる。困ったものだ。


「僕と居るのが嫌ではない。外に仕事に出ても、疲れる。家に居ても疲れる…

それじゃぁ、どうしょうもあいなぁ~」と耕二さん。

 そうだった。

「もう、死ぬしかないよね」と私。

この台詞を、今までに何百回言ったか覚えてない程だ。

「結論はな…」と耕二さん。

「そうよね…」

「だけど、くる実。くる実は僕が居ないと生きていけないってばかり言ってるけ

ど、僕も、くる実が居なかったら生きていけないって思ってる事、考えた事ある

か?」

「・・・・・」

私は、ハッとして言葉に詰まった。


「耕二さんは強いから、私が居なくっても、生きていけるでしょう?」

「確かに、生きていけるかもしれない。でも、こうやって毎日、話が出来ないと思

うだけで、寂しいし、哀しいし…くる実は、自分の事ばかり言ってるよ。

 僕の事も考えてくれよな…」

「でも、私みたいなのが生きていたって、何の役にも立たないよ。迷惑ばかり振り

まいて、地球を破壊して、申し訳ないよ…」

「そんな事言ったら、世の中の人、皆だよ」

「でも、みんな、何らかの役にたってるんじない。私は駄目よ。子供を育ててる訳

でもないし、何の価値もないわよ…」


「くる実」と、耕二さんが、いつになく優しいトーンで私を呼んだ。

「何?」

「少なくても、僕の役には立ってるよ。僕を楽しくさせてくれているよ。

 くる実が苦手な家事も一生懸命やってくれてるし。僕の役にはたってるし。

 それに、もっと大きな事は愛してる人だよ…」

「…でも、毎日、こうやって私の愚痴ばっかり聞いてて疲れるでしょう?

 迷惑でしょう?」

「僕は、迷惑だなんて、思ってないよ。くる実がいろんな疑問をぶつけてくれて、

一緒に考えてる。僕も考えてる。僕は、そんな時間が楽しいよ」


「そう」

「それに、愚痴ばっかりでもないだろう?くる実が読んだ本の話や、一緒に観た映

画の話も出来る。数は少ないけれど、一緒に旅行したりした思い出もある。

 僕が六十年以上生きてて、こんなに楽しい女の子に出会ったの初めてだもの…」

「・・・・・・」

「だから、もう一度、しっかり言うけど。くる実は、僕の役にたってる。もし、く

る実が死んだら、僕は哀しい。くる実が死んだら哀しむ人が居るって事だけしっかり

覚えておいてほしい。だから、もう、余り、死にたいなんて、僕の前で、言わないで

くれよ。辛くなる」

「・・・・・・・」


私は、この日から、耕二さんの前では「死にたい」とか「死んだ方がましだ」と云

うような言葉は口にしなくなった。

今まで、私が耕二さんを愛していると云う位置からしかモノを言っていなかったと

気付いた。


耕二さんが私を愛してくれていると云う事をすっかり忘れていたようだった。


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