第6話 太る努力

 旅行から戻ってすぐに、耕二さんに連れられて病院に行った。

 

 血液検査の結果は異常なし。

 お医者さんに「これほど、健康なデータの人は珍しいです」とまで言われた。

 「おかしいなぁ、どうしてだ?」と耕二さん。


 私は、思っていた。

 『生きる事、日常に疲れているんだ』と…

 身体に異常がないと分かってから、私は猛烈に食べる努力をした。


そして、お風呂に入るたび、自分の身体を洗いながら、涙が溢れそうになってばか

りいた。

 胸の膨らみが、いつの間にか真っ直ぐになっている。

 どう、ひいき目に見ても女の胸ではない。

  横脇の身を胸に寄せたりして、胸が膨くらんでいるようにみせたりして眺めてる

自分が惨めだった。


「ねぇ、耕二さん。又、私の胸、元通りになるかなぁ?」と訊いてばかりいた。

「大丈夫。太れば、又、膨らみが出で来るよ」と慰めてくれる。

「本当?」

「大丈夫だって…」

「でも、耕二さん、今までに一度だって、私の胸が、こんなになってるなんて言っ

てくれた事ないじゃない。どうして、こんなになるまで気づかなかったのよ耕二さ

ん…」

「ずっと、そんなもんだったよ」

「嘘!もっと、ちゃんとあったよ」

「…確かに、ペッチャンコだな」と感心したように言う。

「もう、止めてよ。泣けて来るよ」

「こんな事なかったのになぁ、この夏の間に急速に、へっ込んだんじゃないか?そ

うとしか思えないよ…」と耕二さんが言う。

「こんな事なかったものなぁ~」と私の胸を眺めて言う耕二さん。

 よけいに惨めになる私だった。


 それにしても、こんなに痩せた身体になったのは、今に始まった事ではない筈だ。

『どうして?今まで、気付かずにいたのだろう?』と自分でも情けなくなった。

 あの信州旅行に行く前までは、自分の身体さえ、ゆっくり見る事もなかったのだ

と反省する。

こんな事では女として失格だと思った。


新聞やチラシを見ると、やたらと痩せるためのエステや薬の広告が多い。

雑誌を開けても、痩せるための献立やカロリー計算が載っている。

テレビのCMでも同じ。

「もう、どおして、みんな、そんなに太れるのよ。そんな事で悩まないでよね」 と

独り言を言ってしまってる事があった。

「みんな逞しいんだよ。くる実と違って、小さい事で悩まない。おおらかなんだよ。だからくる実も、もっと軽く生きれる術を知ったら太れるよ」と耕二さんは言

う。


 「ねぇ、くる実。牛乳を飲むと太るそうだよ」

  耕二さんがどこかで聞いて来て私に勧める。

 「でも、私、牛乳嫌いだからなぁ」

「要するに、くる実は太るモノは嫌いになってるんだよ。

 それでいいんじゃないか。


 検査の結果は、異常ないんだし、別に、そんな事に必死にならなくっても」

「嫌よ、こんな身体。女じゃないわ」

「へえぇー、くる実が、そんなコト言うとは思わなかったな。やっぱり女なんだ

ね」

「だって…余り酷すぎるもの、この身体…見苦しいわ」

牛乳が苦手な私は、料理にして牛乳を摂る努力をした。

クリームシチューにクリームグラタン、カエェオレやココアには砂糖をたぷりと、

「くる実、沢山食べるんだよ」と耕二さんも励ましてくれていた。


 毎日体重計に乗っては「早く40キロにな~れ」と祈った。

 40キロになったと思ったら、又、40を切ると云う繰り返しの毎日だった。

「私、限界かもしれない、毎日の暮らしが、もう耐えられないのよ」

「それじゃぁ、どおすればいいんだよ」

「分からない」

「仕事辞めるか?」

「うん、そうしょうか…」

私は、その時点で2、3のレギューラーの仕事を持っていたが、まず雑誌の仕事を辞

める事にした。

一つの仕事を辞めてからは、体重が40キロを保つようになった。


「くる実、取材の仕事辞めてから、ちょっと元気になったみたいだよ、頬が、少

し、ふっくらしたみたいだよ…」と耕二さん。

それでも、まだ駄目だった。

2ヵ月もすると又、イライラと胸が押しつぶされそうな思いに支配されて、気持ち

が重くなる。気持ちが重くなって体重が軽くなる。

頭の中にたまる思いの量と体重は反比例するようだった。

「要するに私は日常生活不敵合者なんだろうね」

「そんな事は、もう何度も話し合って、僕が、一番分かってる」

「どうしたら、いいのか分からないよ…」

「僕と、居るのが、そんなに辛いなら、別れて暮らすか?」と耕二さん。

「それは、違うって、いつも言ってるじゃない。一緒に暮らせる人は耕二さんしか

居ないって、私、耕二さんに見放されたら生きていけないもの…」

もう、今までに何度も出た言葉だ。


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