最弱従者? 実は王女たち公認の最強です!

妙原奇天/KITEN Myohara

第1話 クビになった従者、王女に拾われる

 「……アルト。お前は明日から、もう来なくていい」


 王城の一角、重厚な扉に囲まれた謁見室で、俺は唐突にそう告げられた。

 声の主は、かつての主――第二王子リオネル殿下。剣も魔法も万能、次期国王候補として誰もが称える人物だ。その傍らに立ち続けて五年。俺は従者として、影のように仕えてきた。


 だが、その結末はあまりにもあっけなかった。


 「……どうして、でしょうか」

 喉がからからに乾く。俺は必死に声を絞り出す。


 「理由? 決まっているだろう。お前は“最弱”だからだ」

 リオネルは鼻で笑った。

 「戦えもせず、剣を振れば腕が震え、魔法を唱えれば途中で噛む。そんな従者を連れていては、私が笑われる。……いや、もう十分笑われてきたか」


 場にいた騎士団員や侍従たちが、くすくすと笑い声を漏らした。俺の頬が熱くなる。何度も耳にした言葉だ。弱い。役立たず。最弱。


 「……そんなことはありません! アルト殿は常に支えてくださって……」

 声を上げたのは幼馴染の騎士、ミレイだった。だが彼女の言葉は、リオネルの一瞥で遮られる。


 「感傷は不要だ。弱者は去れ。それだけの話だ」


 ――終わった。


 俺は深々と頭を下げ、その場を辞した。

 背に突き刺さる嘲笑と侮蔑の視線を、ただ黙って受け止めながら。


 ◇ ◇ ◇


 石畳の街路を歩きながら、手にした小袋の軽さを感じる。

 クビになった証として渡されたのは、金貨数枚。五年分の働きにしてはあまりに薄情だ。


 「……やっぱり、俺は最弱なのか」

 ぽつりとつぶやく。


 だが――胸の奥で、何かが静かにうずいた。


 俺には【万能補助】というスキルがある。

 仲間に触れ、言葉をかけることで能力を底上げする。力、速さ、魔力、集中力、回復速度……あらゆる能力を補助できる。ただし、目立たない。俺自身が戦っているわけではないから。


 リオネルたちは、その価値を理解しなかった。

 いや――気づいてすらいなかったのだろう。


 (でも……この力、本当に無駄なものなんだろうか)


 答えが出ないまま、俺は王都の広場へと出た。


 ◇ ◇ ◇


 そのときだった。


 「――あなたが、アルト殿ですか」


 澄んだ声が響く。振り向けば、純白のドレスに身を包んだ女性が立っていた。

 黄金の髪を陽光に輝かせ、蒼い瞳でまっすぐに俺を見つめている。


 ……第一王女、セリシア殿下。


 誰もが憧れるこの国の象徴のような存在が、なぜ俺に声をかけるのか。


 「は、はい。私がアルトですが……」


 「よかった。探していました」

 彼女はほっと微笑む。

 「あなたの【万能補助】の力が必要なのです。どうか、私の専属従者になっていただけませんか?」


 心臓が跳ねた。

 誰からも嘲られ、クビを言い渡された俺が――今、王女様から求められている。


 「えっ……!? せ、殿下、なぜそのことを……」


 セリシアは少し恥ずかしそうに、唇に指を当てた。

 「ふふ。王城で密かにあなたの働きを見ていました。リオネルの力が人並み以上に伸びていたのは、あなたの補助のおかげだったのでしょう?」


 胸が詰まる。誰にも理解されなかった力を、彼女だけが見抜いていたのだ。


 「……わたしは、国を守る旅に出るつもりです。勇者召喚に失敗した我が国に残されたのは、少数の有志だけ。だからこそ、あなたの力が不可欠なのです」


 広場の喧騒が遠のいた。

 ただ、王女の真剣な眼差しと、自分の鼓動だけが鮮やかに響く。


 「――俺で、よければ」


 その瞬間、セリシアは嬉しそうに微笑んだ。


 「ありがとうございます、アルト。これでようやく、一歩を踏み出せます」


 こうして俺は、王城を追放されたその日に――第一王女の従者として迎え入れられた。


 誰も知らない。

 この日から、最弱と蔑まれた従者が、最強パーティの“鍵”となることを。


 ◇ ◇ ◇


 その夜、王都の外れで休息をとっていた俺たちのもとに、さらにもう一人の影が現れる。

 月光を浴びて浮かび上がる清廉な姿。聖堂の衣を纏い、銀の髪を風に揺らす少女――聖女エレノア。


 「……アルト様。あなたの力を、私にも貸していただけませんか?」


 驚く俺の隣で、セリシアが小さく息を呑む。

 まさか、王女と聖女が同じ男を求めるなど――誰が想像しただろう。


 俺の冒険は、ここから始まる。

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