【短編小説】おいしい恋の切り出し方

松下一成

【短編小説】おいしい恋の切り出し方

「・・・大人になったのかな」


 帰ってきた部屋で呟いたその一言は今日の私を表しているのかもしれない。昔好きだった人。高校の時好きだった人。でも、想いを伝えることは出来ないまま卒業。それでそのまま会うことは無かった。


 重ねた年月は少年を男性に、少女を女性に仕立て上げる。


 私にとって恋愛を見つめるとき、そのままの形のホールケーキを思い浮かべる。このままでは食べきれない。だからこそピースに切り分ける必要が有る。


「自分の手元に来たピースを、それを私は恋と呼ぶのかもしれない」


 仕事でも何でもない。無趣味の私を気遣って会社の同僚が誘ってくれたビリヤード。この時代に・・・と私はあまり乗り気ではなかったものの、付き合いもあったし、何よりも入社以来仲のいい奴だったから誘いに乗った。


 までは良かった。


「もしかして」


 挨拶をしてくれたとき、気が付いてしまった。彼だ、好きだった人だ。でも向こうは気が付いてない。自己紹介は軽くしたけれどそれ以上の事は聞いてこなかった。


 それからそのバーへ行くようになった。何回か繰り返し会う。ビリヤードを教えて貰う。だんだん上達していく私。でも本当はそうじゃない、なんというか上手く言葉に出来ない。


「ホールケーキがピースにならない」


 切り分けるべきじゃないのか?目の前のお皿を見つめる私。しばらくすると懐かしい香りがしてきた。


「これ、昔から好きでしょ」


その言葉につられて前を見ると、そこには


高校生の時、購買で売られていて、よく食べていたアップルパイを彼が持ってきてくれた。


「・・・はい、好きでした」


私は黙って出されたアップルパイを食べ始めた。

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