第5話 最初の試練、機巧の森



森は、息をしていた。


リクが足を踏み入れた瞬間、湿った空気の中で無数の機械音が微かに響いた。

木々はねじれ、幹には金属質の管が絡みついている。

枝の先端にはレンズのようなものが光り、時折カチリと音を立てた。


「……これが“機巧の森”か……」


足元の土は油と蒸気で黒く染まっている。

かつて王国が誇った産業都市がこの森の奥で実験を繰り返した結果、

自然と機械が混ざり合ったと噂されている場所だ。


ひときわ大きな倒木を越えた瞬間、背後で枝がはじけ飛んだ。


――ガシャアアアッ!!


金属の顎を持つ獣が飛び出した。

四本脚のボディは木と鉄が融合し、背から蒸気を噴き上げている。

赤い光が目のように輝いた。


「出やがったな……!」


リクは反射的に胸元のキーを握った。


――同調開始。

――適合率、五〇パーセント。

――ライドシステム、起動。


黒い装甲が彼を包む。

エンジンが轟き、再びブラックレイヴンが目覚めた。


「さっきみたいに暴走は……させねぇ!」


息を整え、両手を握り込む。

だが装甲はまだ重い。身体の動きと噛み合わず、タイミングがずれる。


金属獣――スチームスティーグが咆哮し、突進してきた。

鋼の爪が地面をえぐる。


(落ち着け……!)


リクは工具を扱う時と同じように深呼吸した。

エンジン音を意識し、自分の鼓動を合わせる。

あの時は暴走に飲まれたが、今回は――制御する。


「合わせるんだ……俺と、お前の鼓動を!」


背中のエンジンがひときわ高く鳴った。

視界の中で、敵の動きがスローモーションのように見える。


来た――!


リクは身をひねり、ブレードを展開。

金属の爪をギリギリでかわし、胴を狙って一閃した。


ズガァァン!!


鋼の破片が飛び散り、スティーグがたたらを踏む。

だがすぐに体をひねり、尾を振り回してきた。


「くっ!」


吹き飛ばされる――かと思った瞬間、リクは地面を滑って衝撃を殺した。

動きが、さっきより馴染んでいる。

エンジンの鼓動が、自分の身体と少しずつ重なっていくのを感じた。


「まだだ……もう一回!」


再び突進してくるスティーグに合わせ、リクはアクセルを最大まで捻った。

マフラーが白い蒸気を噴き、黒い影が一気に加速する。


「おおおおおおッ!!」


鋼の首を狙った一撃が、今度は迷いなく決まった。

スティーグが金属音を響かせ、火花を散らして崩れ落ちる。


その胸部から、赤く脈動する結晶のようなものが転がり出た。

油と蒸気にまみれた光――モンスターコア。


「……これが……」


リクはコアを拾い上げた瞬間、ヘルメットの奥でシステムが起動する。


――コアエネルギー検知。

――フォーム進化が可能です。

――《ブレイズコア》適合率七二パーセント。


「進化……!」


コアがエンジンの奥に吸い込まれていくイメージが脳裏をよぎった。

だが今はまだ、完全に取り込むのは危険だと直感が告げる。

リクはコアを小さなポーチにしまい、息を吐いた。


(……制御できる。少しずつ、だけど)


初めて自分の力を自分の意思で使えた――それが胸の奥で熱を灯した。



同じ頃、スチームベルの上空。

勇者騎士団の飛行船が森の方向へ進路を取っていた。


セリナは窓から荒野を見下ろしながら、報告を終えた上官の声を思い返していた。


『禁忌の適合者は、必ず討て。迷うな』


彼女は拳を握る。


「……でも、あの少年は……」


一瞬、昨日の光景が頭をよぎる。

自分を助けた黒い影。あの目は、ただの破壊者のものではなかった。


「セリナ、心配か?」

同僚の騎士が笑った。「お前は昔から勇者の物語に憧れてたからな」


「……私はただ、王都の命令を守るだけよ」


自分に言い聞かせるように呟く。

だが胸の奥には、拭えない違和感が渦巻いていた。


(本当に、あの力は“悪”なのか……?)



森の奥。

リクは倒れたスティーグの残骸を見下ろしながら、膝をついた。


「……はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」


身体はボロボロだが、心は妙な高揚感に満ちている。

恐怖と同じくらい、手応えを感じていた。


「ブラックレイヴン……まだまだだな。でも、いける」


彼はポーチの中のコアを見つめた。

これがあれば、さらに強くなれる。

そして――あの騎士にも、負けない力を得られるかもしれない。


その時、森の奥から再び不気味な機械音が響いた。

同時に、ヘルメットの内部で警告音が鳴り響く。


――高出力エネルギー反応接近。

――危険度:Bランク以上。


「……もう来やがったのか!?」


リクが立ち上がると、遠くの木々が次々となぎ倒されていく。

巨大な影が蒸気を撒き散らしながら現れた。


鋼と木が混ざり合った、異様な四足機獣。

先ほどのスティーグよりもはるかに巨大で、背には砲台のようなものが付いている。


「うそだろ……まだ早いっての!」


だが、その瞬間――


空を切り裂くように青い光が飛来した。

巨大な獣の足を貫き、火花が散る。


「下がって!」


鋭い声が森に響く。

リクが振り返ると、そこに立っていたのは――銀の鎧を纏ったセリナ・ブレイヴだった。


「……あんた……!」


「逃げたと思ったら、こんな場所にいたのね。

 禁忌の適合者――リク・オルド!」


セリナの剣が青白い光を放つ。

その背後では勇者騎士団の小隊が展開し、蒸気砲を構える。


「今度こそ、あなたを止める!」


だが次の瞬間、巨大獣が咆哮を上げた。

森全体が震え、蒸気の爆風が二人を襲う。


リクは咄嗟にバイクを加速させ、セリナを巻き込まぬよう横へ飛び退いた。


「やる気満々だな……! でも今の俺は、昨日の俺じゃない!」


彼の胸の奥で、エンジンが再び熱を帯びた。

ポーチの中のコアが脈動し、新しい力を求めている。


そして、銀の騎士と黒きライダーは、同じ敵に向かって並び立った。


敵か味方か、まだ分からない。

だが――今はただ、生き延びるために戦う。

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勇者が滅びた世界で、俺だけがバイクと融合できる コテット @tatukaze

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