第3話 勇者の影と対立の始まり



路地を満たす蒸気が白く霞む。

リクは黒いキーを握りしめたまま、心臓が破裂しそうな鼓動を感じていた。


「……来い、ブラックレイヴン……!」


――同調開始。

――適合率、四九パーセント。

――ライドシステム、起動。


黒い装甲が一気に全身を覆い、夜のスラムに轟音が響いた。

瓦礫が舞い上がり、黒いタイヤが背中に組み込まれていく。

リクの姿は再び“黒きライダー”へと変わった。


「なに……あれは……!」

路地を進んできた兵士たちが動きを止める。

蒸気鎧のスリット越しに光る視線が、一瞬だけ恐怖を滲ませた。


先頭に立つ女騎士――セリナ・ブレイヴは眉をひそめ、剣を抜いた。

刃の中央を走る魔力回路が青白く輝く。勇者騎士団の象徴である《聖紋剣》だ。


「禁忌の適合者……本当に存在したのか。

 あなたを拘束します!」


セリナが地を蹴った。

蒸気鎧が唸り、彼女の動きは人の目では追えないほど速い。

まるで光の残像のように迫ってくる。


「うっ……!」


リクは反射的に腕を構える。

だがセリナの剣が振るわれた瞬間、衝撃が走り、視界が白く弾けた。


重い!

まるで巨大な鉄塊が全身を叩きつけたような衝撃。

装甲ごと吹き飛ばされ、壁を突き破って転がる。


「がはっ……!」


肺から空気が抜け、体が動かない。

セリナは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに剣を構え直した。


「まだ制御が未熟……それでも禁忌の力を振るうなんて、危険すぎる!」


彼女の瞳は冷たい決意に満ちていた。

だがその奥で、ほんのわずかに揺れる影もあった。

――かつて勇者が使っていた力もまた、古代の遺産だったと噂されている。

だが王国はその事実を隠してきた。

セリナは知っているのか、知らないのか……リクには分からない。


「……俺は、戦う気なんて……!」


言い訳が喉まで出かかる。

だがその瞬間、セリナの背後から別の声が響いた。


「見つけたぞ、獲物だッ!!」


路地の奥、瓦礫を割って現れたのは――さっき倒したはずのスチームウルフと同型の魔物。

それだけではない。さらに二体、三体と蒸気を吹き上げながら姿を現す。


「魔王軍……こんな数が、なぜ……!?」


セリナが目を見開く。

騎士団の兵士たちが慌てて銃を構えたが、数が多すぎる。

咆哮が夜を震わせ、鋼の牙が地面を削る。


「チッ……!」


リクは咄嗟に立ち上がり、アクセルをひねった。

黒いマフラーから蒸気が吹き上がる。

自分が何をしているのか分からないまま、体が勝手に動いた。


「来いよ、野郎ども!」


黒きブレードが腕から展開される。

最初の一体が飛びかかってきた瞬間、リクは回避しながらブレードを振り抜いた。

火花と共に鋼の脚が吹き飛ぶ。


だが次の瞬間、別の一体が背後から襲いかかる。

振り返るのが遅れ、金属の顎が肩を噛み砕こうと迫った。


「くっ……!」


バシュッ!と音が鳴った。

セリナが割って入り、聖紋剣で狼の首を断ち切っていた。


「……何をしているの、あなた!」


「助けてくれてありがとよ!」


「助けたわけじゃない! あなたは市民を危険に晒している!」


二人は短く言葉を交わしただけで、再び敵へ向き合う。

騎士団の兵たちも応戦するが、数で押されている。

蒸気と火花が路地を満たし、視界がどんどん悪くなる。


リクは肩で息をしながら、自分の力を制御しようと必死だった。

だが動けば動くほど、アーマーが暴走し、力を使いこなせない。


(くそ……制御できない……!)


――安定度二三パーセント。

――適合不足。


ヘルメットの内部に警告が響く。

だが退くことはできなかった。


「うおおおおおッ!!」


リクは叫び、力任せにブレードを振るった。

暴走気味の一撃が狼の胴を裂き、爆発が周囲を飲み込む。


衝撃波が走り、瓦礫と蒸気が視界を白く染めた。


「危ない!」


セリナがリクを引き倒す。

次の瞬間、頭上を巨大な鉄骨が飛び越えていった。


「あなた……制御できてないじゃない!」


「うるせぇ! でも今はこれしか……!」


リクは振り返り、背中のマフラーを吹かした。

エンジンの咆哮がさらに大きくなる。

制御が効かないまま、力任せに敵を吹き飛ばす。


だが、残りの一体がセリナへ飛びかかった。


「――っ!」


セリナが間に合わない。

その瞬間、リクは自分でも驚くほど自然に体を動かした。


加速。


黒い影が風を裂き、スチームウルフの胴体を貫く。

金属音と共に獣が爆発し、セリナの足元で火花が散った。


「…………」


セリナが息を呑む。

リクは息を荒げながら、彼女を見た。


「……助けたつもりはねぇけどな!」


「……っ、あなた……」


セリナの瞳に、ほんの一瞬だけ迷いが生まれた。

だがすぐに、それは消える。


「禁忌の力を振るう者は、いずれ制御を失い人を殺す。

 私がここで止める!」


青白い光が剣を包む。

セリナが再び構えを取った瞬間、遠くで重低音のサイレンが鳴り響いた。


「……王都の増援!? くそっ、長居はできねぇ!」


リクは即座に後退し、黒いタイヤを地面に叩きつけるようにして加速した。

瓦礫を蹴り、煙の中へ消える。


セリナは追おうとしたが、目の前で倒れる部下を支えるのが先になった。


「くっ……!」


彼女は剣を収め、夜空を睨んだ。


「禁忌のライダー……あなたは――敵か、それとも……」


呟いた声は蒸気にかき消えた。


その頃、リクはスラムの裏道を必死で走っていた。

エンジンが熱を帯び、鎧が崩れ落ちていく。

息が切れ、視界が滲む。


(……まだ……俺には制御できない……)


だが、胸の奥で確かに何かが燃えていた。


勇者がもういない世界。

剣も魔法も通じない時代。


――なら俺が、この力で。


リクは小さく笑った。

震える足で立ち上がり、夜の街を走り続けた。

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