勇者が滅びた世界で、俺だけがバイクと融合できる

コテット

第1話 黒きガレージの呼び声



かつてこの世界には、勇者がいた。


剣を掲げ、魔王を退け、四大王国を守り抜いた英雄。

その存在は歌となり、絵となり、希望そのものだった。


だが百年前、世界は変わった。

魔王ヴァルドランは魔物だけでなく、古代の禁忌機巧技術を解き放ったのだ。

鋼の竜が空を裂き、蒸気狼が街を喰らい、黒き巨砲が城を砕いた。

かつての勇者は敗れ、王国は瓦解した。

人々の信じる勇者神話は、いまや慰め以上の意味を持たない。


それでも、人はまだ祈っている。

――いつかまた、新しい英雄が現れることを。



スチームベルの外れ、誰も寄りつかない廃工場地帯。

錆びた鉄骨と折れた煙突、油の匂いが風に乗って漂う。

ここは都市のスラムの中でも、とりわけ忘れられた場所だった。


リク・オルドは、今日もそこでスクラップを漁っていた。

まだ二十にも満たない青年。だが手は油で黒く、工具を握る姿は熟練の整備士そのものだ。

古い部品を拾い集めては売り、バイクの修理代を稼ぐ――それが彼の生き方だった。


「今日こそ、何かマシな部品が……」


鉄くずをかき分け、彼は足を奥へ進める。

薄暗い倉庫の隅に、奇妙な影が横たわっていた。


それは――黒いフレーム。


煤と油にまみれたバイクの残骸のようだが、ただのスクラップではなかった。

リクの整備士としての勘が、理由もなくざわついた。

エンジンの中に、まだ火が生きている。そんな感覚があった。


「フレームが……呼んでる?」


恐る恐る手を伸ばした瞬間――


カチリ、と音が鳴った。


まるで待っていたかのように、黒いバイクが震えた。

エンジンがひとりでに脈打ち、暗い倉庫を赤い光で照らす。

次の瞬間、装甲がうねり、リクの腕を吸い込むように包み込んだ。


「うわっ……!?」


世界が白い閃光で塗り潰された。


視界が弾け、油と蒸気の匂いが嵐のように吹きつける。

頭の奥で低いエンジン音が鳴り響く。

心臓の鼓動と同じリズムで、黒いマシンが脈打っているのがわかった。


――同調率、四八パーセント。

――対象、適合。

――ライドシステム、起動します。


「な、何だこれ……!」


足元から装甲が走る。

バイクのフレームが分解され、渦を巻くようにリクの体に組み込まれていく。

肩にタイヤが収まり、背中にマフラーが走り、フロントライトが仮面の目となった。


金属と魔力が混ざり合い、蒸気が爆発する。


「う、わあああああッ!!」


叫び声は轟音にかき消された。

次の瞬間、リクの全身は黒い鎧に覆われていた。


それは、まさに“ライダー”だった。

だが本人は制御できず、暴走する力に振り回される。


「ぐっ……止まれっ……!」


足が勝手に動き、錆びた鉄骨を粉砕する。

手が空を裂くと黒い衝撃波が走り、壁に大穴を開けた。


理解が追いつかぬまま、異様な気配が背後から迫る。


――ギャアアアッ!!


牙を剥いた巨大な魔獣が闇から飛び出した。

鋼の外殻を持ち、背から蒸気を噴き上げる狼――スチームウルフ。


魔王軍の巡回兵器だ。

都市の奥まで入り込むことなど滅多にないはずだが、よりにもよって今、ここに。


「やばいっ……!」


恐怖が走るが、体は勝手に構えを取った。

黒い仮面の奥で視界が自動調整され、魔獣の弱点が赤くハイライトされる。


――戦闘モード、起動。

――ライドアーマー、初期制御レベル。


「制御って……俺がやってるんじゃ……!」


スチームウルフが蒸気を吹き上げ、突進してきた。

咄嗟にリクは背中のハンドルをひねる――それが自然な動作だった。

エンジンが咆哮を上げ、体が前へ弾かれる。


金属の爪が迫る。

だが体は勝手にスライドして回避、腕から黒いブレードが展開される。


「うおおおおおッ!!」


一閃。

スチームウルフの胴が真っ二つに裂け、コアが火花を散らし爆ぜた。

蒸気と油の匂いが辺りに広がり、静寂が戻る。


リクは荒く息を吐いた。

恐怖と、奇妙な高揚感が同時に湧き上がる。


――ライダー認証完了。

――名称:未登録。

――適合者、コードネームを入力してください。


「コード……ネーム……?」


震える唇で、彼は思い浮かんだ言葉を口にした。


「……ブラックレイヴン」


――登録完了。

――ようこそ、ブラックレイヴン。


蒸気が晴れる。

黒いライダーの姿で、リクは立っていた。


世界を救う覚悟なんて、まだない。

ただ、生き残るために掴んだ力――

だがこの力が、後に世界を揺るがす始まりになることを、この時のリクはまだ知らなかった。


遠くで汽笛が鳴る。

スチームベルの巨大な時計塔が、夜を告げていた。


リクは息を整え、初めて自分の足で未来を踏み出した。

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