勇者が滅びた世界で、俺だけがバイクと融合できる
コテット
第1話 黒きガレージの呼び声
かつてこの世界には、勇者がいた。
剣を掲げ、魔王を退け、四大王国を守り抜いた英雄。
その存在は歌となり、絵となり、希望そのものだった。
だが百年前、世界は変わった。
魔王ヴァルドランは魔物だけでなく、古代の
鋼の竜が空を裂き、蒸気狼が街を喰らい、黒き巨砲が城を砕いた。
かつての勇者は敗れ、王国は瓦解した。
人々の信じる勇者神話は、いまや慰め以上の意味を持たない。
それでも、人はまだ祈っている。
――いつかまた、新しい英雄が現れることを。
◇
スチームベルの外れ、誰も寄りつかない廃工場地帯。
錆びた鉄骨と折れた煙突、油の匂いが風に乗って漂う。
ここは都市のスラムの中でも、とりわけ忘れられた場所だった。
リク・オルドは、今日もそこでスクラップを漁っていた。
まだ二十にも満たない青年。だが手は油で黒く、工具を握る姿は熟練の整備士そのものだ。
古い部品を拾い集めては売り、バイクの修理代を稼ぐ――それが彼の生き方だった。
「今日こそ、何かマシな部品が……」
鉄くずをかき分け、彼は足を奥へ進める。
薄暗い倉庫の隅に、奇妙な影が横たわっていた。
それは――黒いフレーム。
煤と油にまみれたバイクの残骸のようだが、ただのスクラップではなかった。
リクの整備士としての勘が、理由もなくざわついた。
エンジンの中に、まだ火が生きている。そんな感覚があった。
「フレームが……呼んでる?」
恐る恐る手を伸ばした瞬間――
カチリ、と音が鳴った。
まるで待っていたかのように、黒いバイクが震えた。
エンジンがひとりでに脈打ち、暗い倉庫を赤い光で照らす。
次の瞬間、装甲がうねり、リクの腕を吸い込むように包み込んだ。
「うわっ……!?」
世界が白い閃光で塗り潰された。
視界が弾け、油と蒸気の匂いが嵐のように吹きつける。
頭の奥で低いエンジン音が鳴り響く。
心臓の鼓動と同じリズムで、黒いマシンが脈打っているのがわかった。
――同調率、四八パーセント。
――対象、適合。
――ライドシステム、起動します。
「な、何だこれ……!」
足元から装甲が走る。
バイクのフレームが分解され、渦を巻くようにリクの体に組み込まれていく。
肩にタイヤが収まり、背中にマフラーが走り、フロントライトが仮面の目となった。
金属と魔力が混ざり合い、蒸気が爆発する。
「う、わあああああッ!!」
叫び声は轟音にかき消された。
次の瞬間、リクの全身は黒い鎧に覆われていた。
それは、まさに“ライダー”だった。
だが本人は制御できず、暴走する力に振り回される。
「ぐっ……止まれっ……!」
足が勝手に動き、錆びた鉄骨を粉砕する。
手が空を裂くと黒い衝撃波が走り、壁に大穴を開けた。
理解が追いつかぬまま、異様な気配が背後から迫る。
――ギャアアアッ!!
牙を剥いた巨大な魔獣が闇から飛び出した。
鋼の外殻を持ち、背から蒸気を噴き上げる狼――スチームウルフ。
魔王軍の巡回兵器だ。
都市の奥まで入り込むことなど滅多にないはずだが、よりにもよって今、ここに。
「やばいっ……!」
恐怖が走るが、体は勝手に構えを取った。
黒い仮面の奥で視界が自動調整され、魔獣の弱点が赤くハイライトされる。
――戦闘モード、起動。
――ライドアーマー、初期制御レベル。
「制御って……俺がやってるんじゃ……!」
スチームウルフが蒸気を吹き上げ、突進してきた。
咄嗟にリクは背中のハンドルをひねる――それが自然な動作だった。
エンジンが咆哮を上げ、体が前へ弾かれる。
金属の爪が迫る。
だが体は勝手にスライドして回避、腕から黒いブレードが展開される。
「うおおおおおッ!!」
一閃。
スチームウルフの胴が真っ二つに裂け、コアが火花を散らし爆ぜた。
蒸気と油の匂いが辺りに広がり、静寂が戻る。
リクは荒く息を吐いた。
恐怖と、奇妙な高揚感が同時に湧き上がる。
――ライダー認証完了。
――名称:未登録。
――適合者、コードネームを入力してください。
「コード……ネーム……?」
震える唇で、彼は思い浮かんだ言葉を口にした。
「……ブラックレイヴン」
――登録完了。
――ようこそ、ブラックレイヴン。
蒸気が晴れる。
黒いライダーの姿で、リクは立っていた。
世界を救う覚悟なんて、まだない。
ただ、生き残るために掴んだ力――
だがこの力が、後に世界を揺るがす始まりになることを、この時のリクはまだ知らなかった。
遠くで汽笛が鳴る。
スチームベルの巨大な時計塔が、夜を告げていた。
リクは息を整え、初めて自分の足で未来を踏み出した。
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