その2 早穂、神様なのに物欲に負ける

 翌日、寝床に横になった凛子さんのもとへ私と早穂は呼ばれた。お葬式疲れよ、と笑っているが、私も早穂も、見ればわかってしまうのよ、今はもう。

 同席されているのは、凛子さんの長女の由紀恵さんと長男の勝也さん、そしてそのお嫁さんの里香さんの三人だ。皆、早穂が見える人たちでもある。このメンバーが集められたという事は、おそらく大切な話があるのだろう、今日はおふざけはなしだ。


 凛子さんが由紀恵さんに支えられながら体を起こし、小さく咳ばらいをした。

 「早苗、そろそろ窮屈になって来たんじゃない? 人生が」

 と、突然、妙なことを言い出した。え? 達也くんの遺言でも語るんじゃないの?

 にやっと笑って、私の表情を読んだように凛子さんは続けた。

 「……それも含まれているのよ。何回引っ越したの? あれから」

 「……三回です」

 そうなのだ、不老不死は歳を取らないので、どうしても一つ所に長居はできないのだ。

 「そして、時間の問題で世界一長寿のギネス認定が待っているわよね」

 これもそうなのだ。引越しには身分証明が必要だ。引越しだけではない、公共インフラを使う限りは、いろいろな形で身分証明が付いて回る。今はまだぎりぎりなんとか言い訳、おばあちゃんの代理ですとかなんとか、ができるが、200歳のおばあちゃんが居たら大問題だろう。すでに年金をもらっているのも心苦しいくらいなのに。

 「そこで、助けてあげる」

 にんまりと笑う凛子さんの目が蛇のそれに見える。私はカエルだ。

 「あんた、そろそろ死になさい」

 「はあ?」

 思わず大声を出してしまった。

 「そりゃあ、凛子さんなら『神殺し』もできるかもしれないけれど……」

 「あんた、私をなんだと思っているの!?」

 なぜか理不尽に叱られてしまった。

 由紀恵さんが凛子さんの背中をさすっている。仕方ないなという顔だ。流石によくわかってらっしゃる。

 私はできるだけ落ち着いて言ってみた。

 「だいたい、昔から凛子さんは、何が言いたいのかわかんないことが多いのよ。ちゃんと主語を使いなさいよ」

 うしろで里香さんが頷いている気配がある。凛子さんから見えないように、私が影になっておいてあげよう。彼女は味方にできる人材だ。

 由紀恵さんが笑った。「お父さんと同じことを言われてる」と言いながら。

 私は振り向いて長男の勝也さんに言った。

 「ご当主なんでしょ。翻訳してよ」と。

 私はいつの間に、三橋家当主にタメ口が利ける身分になったのだろうか、まあ、あんたが無事に産まれてこれたのも私たちのおかげだからね、構わないでしょう。

 「いや、母は……」

 私は思わずぎろっと睨んでしまった。これで三橋の当主が務まっているのが不思議でならない。ここには居ないけれど次男の純也くんに、乗っ取られてもしらないわよ(まあ、彼はそんなタイプじゃないんだけれど)。そしてついでに里香さんも睨んでおく。しっかりと手綱を握っておきなさい、あんたはできる嫁なんだから。

 と。偉そうなことを視線に込めて睨んでいたら、凛子さんが咳払いした。

 「ありがとう、私の言いたいことを伝えてくれたみたいで」

 本当にこの人は、テレパシーが使えるんじゃないだろうかと思うほど、人の心を覗くのがうまいわ。「重なり」すぎてスキルアップしたのかしら? と、考えたところで、恐ろしいことに気が付いた。

 --私も今や、『霊異』にカウントされている?

 なら、私も「重なって」覗かれているの? だから心の内が筒抜けなの?

 「馬鹿なことを考えないの。あんたは顔に出すぎてるからわかりやすいだけよ」

 凛子さんは呆れたような顔で言った。納得できないけれど、あまり怖いことは考えないようにする。

 「で、話を戻すけれどね…… そろそろ死になさい。戸籍上はね」

 えーっと、そうしたらマイナンバーカード取り上げられちゃうんですけど……

 「まあ、なによ、私も一人じゃ寂しいから、あんたを道連れにしたいのよ」

 と、また訳の分からないことを言う。

 「今のままでは、時間の問題で生活が破綻するでしょ。だから死んだことにして、うちに、三橋に来なさいってことよ」

 --Oh!

 本格的に三橋の呪縛に取り込もうって魂胆ですか、そうは問屋が……

 「早穂、カッコイイお社を建ててあげるわ」

 凛子さんがそう言ったとたんに、早穂がぴくっと反応した。

 「ガスコンロが良いならそうするけど、うちにとっては、できればIHのほうが安全面では助かるわ。冷蔵庫には鮭の切身、いや、ビワマスを切らさないようにするから」

 早穂が立ちあがった。そして凛子さんの隣に座ってしまった。

 凛子さんはにんまりとまた邪悪な笑みを浮かべる。

 「早苗はどうする?」

 卑怯者め、祟ってやろうか。

 「……はい、お世話になります」

 うらはらにそう答えてしまった。

 凛子さんは勝ち誇ったように宣言した。

 「決まったわ。勝也、裏山の社を早穂に見てもらいなさい。早穂の指示通りにリフォームもなさい。里香さん、付いて行って早穂の考えることを翻訳してあげなさい。あなたならある程度はわかるはずよ」

 早穂が跳ねるように里香さんのもとへ行った。ああ、物欲にまみれた邪神早穂め。私を裏切ったな。


 そして部屋には私と凛子さんと由紀恵さんだけになった。

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