その4 繋がる点と線、そして神様は輝く

 「つまりこの名刺の人物を探し出して、背景を探れと、おっしゃるのですね」

 屋敷さんは、しぶしぶ引き受けてくれた。もっとも私のお願い(いや、取引か)だけが引き受けてくれた理由じゃなくて、たぶんバックに三橋家の威光を、勝手に感じてくれたんだろう。

 と、私は、元気になってから、そう解釈したのだ。

 どうやら無意識にではあったが、三橋家のお祖父さんの印籠を振りかざしていたらしい。とんでもないことをしてしまったと、後で青くなったのだが……

 しかし、その時の私は、そこまでは頭が回らず、それじゃあ、お風呂へ行ってあとは寝て待とう、としか考えられなかったのだ。

 --『果報は寝て待て』って、私に『果報』なんてやって来るのかしらねえ……

 --でも、寝てる間に呪いが進行してたらどうするのよ…… ああ、起きたら死んでたりして。 ……って、死んでたら起きられないじゃん

 ああ、ツッコミにも切れがないような気がする……

 いろいろ進展はあったはずなのに、積極的になり切れない私がいた。


 しかし、早穂は少し安心した顔で付いて来ている。その顔を見た時、私は合点がいった。

 --なるほど、早穂の神様パワーで導かれたのか、屋敷さん気の毒だなあ


 銭湯では寝てしまい、あやうく溺れるところだったが、今回は以前と違って早穂のせいではない。お風呂屋さんにも、バレなかったから叱られることもなかった。

 --そうか、もう誰も私に注目なんかしてないんだ

 なにをやっても、マイナスにしか考えられなくなっていた。


 なんとか帰宅したが、靴を脱ぐのも億劫だった。そう言えばさっき、スマホでどこかへかけようとしていたような…… まあ、良いか、どうせ友達なんか私にはいないし……


 夕食は野菜炒めが出てきた。頑張って作ってくれたんだな。早穂、ありがとう、あんたの気持ちだけで生きていけそうだよ。

 でも、もう買い置きの鮭はないらしく、また買いに行かなくては、と思った。なぜなら、早穂はご飯に瓶詰のほぐし鮭をかけて食べていたからだ。

 --ごめんね、二人で食べなくて

 早穂は離れたところで一人で食べている。

 --床に直置きで食べちゃ行儀が悪いよ

 そう思ったが、こっちには近づきたくないらしい、いや、近づけないのかもしれない。これも呪いのせいなのか、早穂、あんたに呪われてた方がずっと良かったよ……

 とにかく寂しい夕食を終えて、私は横になる。

 体が重い。

 藁男が現れて布団を敷いてくれた。

 --なんかもう藁男の存在を、隠す気もなくなったのかい、早穂


 翌日、昼前に私のスマホが鳴った。屋敷さんからだったが、なにか慌てているようだった。

 「驚きましたよ、名刺の女ですが部屋の中で倒れていましてね。意識不明ですよ」

 --ほお、じゃあ手掛かりはないってことか、万事休すってことか

 「しかし驚いたのは、この女、『相良京子』と関係があったかもしれません」

 「はあ?」

 思わず私の口から大声が出る。

 なんか呪われてからこっち、はじめて大声が出た。「相良京子」が住んでいたアパートの隣人だったそうだ。

 --よくわかったな、そんなこと。 あっ、そうか屋敷さん、『相良京子』を探して、彼女の部屋へ行ったことあるんだった

 屋敷さんからの話なんだけれど、アパートの大家に確認したら、その二人はずいぶんと仲が良かったらしい。そんな昔のことをよく覚えているなと感心したが、屋敷さんが聞いて来たんならそうなんだろう。

 屋敷さんとしては、呪いの指輪については流石に眉唾と思っているらしいけれど、それでもその二人の関係を調べてくれたようだ。

 そして大家の話によれば、一緒に旅行へ行ったりもしていたらしいことも聞き込んだようだ。

 --旅行って?

 電話の向こうで、屋敷さんがニヤリとするのがわかった。

 どうやら、名刺の女の部屋で、稲わらのお守りと、朽ちたお堂の写真を見つけた、と言っていた。そして東北のとある駅での記念写真も。

 --そうだ。あの時、古い地図で調べた、廃村になっている村だ。そして、そこは……

 屋敷さんは続けた。

 「このお堂は『相良京子』の死体が見つかった場所にあるお堂です。この名刺の女が事件と関係ないか調べるつもりです」

 と言った。


 --なんなのこの展開?

 そうだ凛子さんだ。私は思い出した。凛子さんへ電話を掛けようと思っていたんだ、と。

 しかし、その時、電話の番号を調べようとしたら、またもやスマホのバッテリーが切れた。

 --なに? また充電が切れた? 

 少し考えて私は首を振る。

 --いや、違う。凛子さんに連絡取れないように呪いが仕向けているんだ

 そう思ったところで、急にいろいろな事が結びつくのを感じられた。

 --そうか、『相良京子』だ。死んでからもまだ呪っているんだ

 だから、早穂は近づかないのか、と私は悟った。早穂はもう、あの呪いに捕らわれたくないんだ。

 --凛子さんへ連絡取れないのも邪魔をされたくないからだ

 全部つながってきたら、私はじわじわ腹が立ってきた。おお、なんか活力を感じてきたぞ。

 --凛子さん言ってたよな、所詮は「似非呪術師」だって。そして『相良京子』が死んだのは呪い返しの結果だって

 私は早穂を探した。

 --そうとわかれば…

 呪いを跳ね返せるはずだ。


 早穂が目を輝かせている。

 「こっち来て! 私と一緒なら負けないでしょ!」

 そう私が言うと、早穂が駆け寄ってきた。びりっと嫌な感じが指からするが、私に抱きついた早穂からは金色の光が溢れる。そして私自身からも緑色の光があふれ出す。少し驚いたがすぐに理解する。

 --そうか、これは五穀豊穣の、実りと再生の光だ

 私は早穂を抱きしめる。指輪が音もなく、砂のように崩れていった……

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