その3 神様は心霊スポットで何を思うか
東京近郊の山中。
駅からバスに乗り換え、途中の辺鄙な場所にあるバス停で降り、集落とは反対側に向かう廃道を歩くこと1時間。目的地の廃トンネルに着いた。
「まあ、今さらの廃トンネルです。ベタだけど生活のためだから……」
そう、わざとらしく声を出して私は早穂を見た。
「ま、まあ、一人じゃないし…… 神様が一緒だし」
と、なぜか自宅と違って早穂に話しかける回数が多い。
「で、どう思う…… 早穂ちゃん?」
当の早穂は無言でトンネルの入り口を険しい顔で見つめている。
「ちょっと、その顔やめてよ。今朝までのかわいい顔で居てよ」
そう言うが、私にもなんとなくわかる。--早穂が何かを感じ取っているってことが。
溜息をついて、私はスマホをトンネルに向けた。
「とりあえず一枚くらいは撮っておかないと」
シャッターを切ってみる。なぜか写ってはいない、あるいはシャッターが切れなかった…… などというネタになりそうなことはなく、普通に画像は確認でした。
そう、トンネルはきれいに写っている。
ただし……
トンネル内部がねえ、実際よりはるかに暗く、いや、真っ黒に、この世の闇が深淵を覗かせていた…… って文学的な表現が似合うくらいに、黒ーく、写っているんですよ、これが。
光量の問題ですかね……? たぶん……
「はい、ちょっと不気味な一枚、撮れちゃいました」
私はそう言って、今度は早穂にスマホを向ける。
「早穂ちゃん、はいポーズ」
反射的にかわいいポーズを取る早穂だが、画像には写っていない。
「どこで覚えたのかな、そのポーズは? ……うーん、やっぱ写んないか」
--かわいいのになあ
少し残念に思いながら、さて、これからどうしようか? と私は悩んだ。
トンネルへ突入するのは怖い。 ……と、言うよりも『危険』だと本能的に感じている。かつてヒルマモチに襲われた時以来、この勘は結構当たるのだ。
--でも、ルポライターとしての生活が……
頭の中に、「月刊アルカナム」の帯刀編集長の顔が浮かぶ。
--それなりのものを持って帰らないと、相手にしてもらえなくなるし……
また溜息をついた。
しかし、気を取り直して大声を出す。
「オカルト専門誌を選んだのは、私自身なんだから!」
私の出身大学と卒業時の成績ならば、もっと大手の会社に就職できただろう。それをあえてオカルト専門誌である「月刊アルカナム」の編集部を志望して、東邦出版に入社したのだ。もっともすぐに辞めたけれど……
私の実力を惜しんだかどうかは定かではないが、帯刀編集長がフリーの立場で記事を持ってこい、と声をかけてくれたのだ。そして、この廃トンネルを紹介してくれた。
その好意? を裏切れない。
私は勇気を奮い起こし、トンネルに向けて一歩を踏み出した。
……のだが、早穂が私の上着を引っ張った。首を振っている。
--あ、これは駄目なやつだ
私は回れ右をする。
「そうだよね、やっぱ駄目だよね。うん、不法侵入になるし」
そう言って、来た道を引き返し始めた。
早穂は後ろを気にしながら黙ってついてくる。
バス停まで戻ってから、さて、どうしようと思案してから、今度はトンネルとは反対側にある集落へ向かった。
こうなったからには、なにかネタを拾って帰らなければ。
私は集落で、廃トンネルが心霊スポット扱いになっていることをどう思うかと、取材を始めた。
名刺を渡して会話を始めると、意外に集落の人たちは取材に応じてくれた。
「ルポライター」という良くわからない肩書でも名刺を作っておいて良かったと、私は思った。
この廃トンネルは明治末くらいに完成し、戦後すぐの頃に新道の開通と共に廃止されたらしい。工事中にも死亡事故はあったと伝わるが詳しいことはわからないと言う。
ただ、ここ数年、急に肝試しに来る若者が増えてきた。騒ぐ連中ばかりで迷惑なことだ、と言う言葉と共に、最近ではテレビの取材も来たようだが、こちらの集落に取材に来たのはあんたが初めてだ、と。
おっと、意外なことを言う人が居たぞ。
--なに? みんなちゃんと取材してないの?
この廃トンネルは、何回かテレビや雑誌で取り上げられたはずだ。確かに一般的な背景や情報ならネットで拾えるだろう。だがそれだけで済ませても良いのか? 私は少しもやもやした。
--まあ、みなさん、お忙しいですしね
自分のようなフリーのライターならまだしも、時間の制約もある<<ちゃんとした>>テレビ局やライターなら、仕方がないのだろう。
そう思いつつも、私は集落の人々へ取材を重ねた。
複数の人から気になることを聞いた。
心霊スポットとして話題になった頃に、トンネル付近で大きな崖崩れがあった、と。心霊スポット騒ぎはその頃からだったらしい。
それ以前は、廃道マニアというのか、趣味の人がぽつりぽつりと来ていたようだが、心霊現象などは話題にならなかった、とも言っていた。
私はスマホで検索してみたが、崖崩れの記事などは見つからなかった。
集落の人によると、トンネルの向こう側の道が崩れている。使っていなかった田んぼが埋まったくらいで怪我人もおらず、そもそもが廃道なので、特に話題にもならなかったのだそうだ。
--これは良いネタを拾ったかもしれない
私は内心わくわくした。
--崖崩れと心霊現象に因果関係はあるか?
これで記事が書けないだろうか。
私は情報を教えてくれた、人の良さそうなおばさんに丁寧にお礼を言った。
--本当に良い話をありがとうございます
するとおばさんが何を思ったか、「少し待ちなさい」と言って奥へ引っ込んだ。そして紙袋に米を入れて持ってきてくれた。あんまり重いと荷物になるだろうけれど、これくらいなら持って帰れるだろう、精米してあるからそのまま炊けるよ、しっかり食べなさい、と一言親切な言葉を付け加えながら。
私は恐縮して断ろうと思ったが、早穂が断固とした顔で受け取る意思を示す。
--ああ、たしか農耕の神様だっけか
なんとなく納得した私はさらに丁重にお礼を述べて、その紙袋を受け取った。2kgくらいかな、これは食費が助かる、とつい考えてしまう。
さて、教えてもらった情報を、どう記事にしたものかと頭を悩ませながらバス停に向かって歩いていると、早穂が急に立ち止まった。
「どうしたの?」
私も立ち止まったが、早穂がまた険しい顔をして、後ろを凝視している。
--トンネルは反対側だよな…… でも、なんか駄目な雰囲気だ
私は早穂の手を取る。早穂がなにかを促すのを感じた。
そして二人で駆けだした。
駆け出すと、はっきりと感じるようになった。
--何かの気配が追いかけてくる
先ほどの集落には、この気配はなかった。早穂も反応していなかった。
ならば、これはなんなんだろう?
私は叫んだ。
「早穂! 神様なんだから追っ払ってよ!」
走りながら早穂は首を振った。私にはなんとなく早穂の言いたいことが伝わった。
--管轄外ってなによ!
抱えた2kgのコメが重い。私は捨てようかと思った。が、その瞬間、その紙袋はしっかりと早穂に抱えられていた。
--自分で持つのね、感心じゃん!
私たちは走り続けた。バス停を超えて……
そして廃トンネルが見えてくる。明らかに先ほど見た時よりトンネルの中が「黒い」。
後ろから追いかけてくるおっかない気配とどっちが良い? 前も怖いけど後ろはもっと怖い……
私も早穂も観念したようにトンネルへ飛び込んだ。
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