第16話 対峙

 翌日、待ち合わせ時刻より少し早くレストランに着くと、既に清水が店の前に立っていた。 黒い、喪服のようなブラウス。妙に身体のラインが強調されているのは計算のうちなのか。この女は男を情欲に塗まみれた猿だとでも認識しているに違いない。


「こんばんは、太田さん」

「...」


 自然に腕を組まれ...それを振り払う。

「本当にやめてください。どういうつもりですか」

 語気を強めると、彼女は少し寂しそうな表情を作る。女は楽だ。何か言われても愛嬌が全てを解決する。今日はそういう甘ったれた女を断罪する。


 ポケットに手を入れ、清水とは他人のように入店する。以前ポケットに入れた避妊具が指と心をチクチクと刺す。案内されたのは前回の半個室のような席ではなく、薄暗い完全な個室。色仕掛けでもするつもりだろうか。ゆっぴーの説もあながち的外れではないのかもしれない。


 お互いの飲み物が到着すると、沈黙が流れる。自分から口を開くつもりはない。この場を望んだのは彼女だ。


「太田さん、今日は無理なお願いを聞いていただいて、本当にありがとうございます」

「...」

「私が今まで何もお伝えしてこなかったから、誤解が生じて当然だと思います。本当に申し訳ございません」

「その清水さんが昨日から言っている、誤解って一体何のことですか。私が何かの認識を誤っているとは思えないですけど」


 彼女の顔にはいつもの穏やかさはなく、口を一文字に結び、覚悟を持った表情で視線を合わせてくる。


「誤解しています。私があなたを蔑ないがしろにしていると。そう誤解されています」


 目に気迫が込められている。その表情に誤魔化しの類は一切見られない、が...

「蔑ろにされているどころか、あなたが私を軽蔑し嘲笑していると、私はそう思ってます」


 清水が何か口を開こうとするが、それを遮る。

「この際、正直に言わせてください。私はあなたに惹かれていました。自分を...社会的成功者の勝ち組とも、低身長で醜い負け組とも、そのどちらでもなく対等に接してくれました」

 心の枷かせが軋きしみ出し、言葉が溢れてくる。

「あなたのような美人で聡明な方と時間を過ごせて、舞い上がってましたよ。子供みたいに」

 彼女は何も言わない。ただ真剣な表情で自分に正面から向き合う。

「でも...」段々と声と感情が抑えられなくなる。

「あなただってそれに気づいていたんでしょうが。知ってた上で...お前は、弄んだんだろ。裏切ったんだろ、俺を。この話のどこに誤解があるんだ。言ってみろっ!!!」


 仮面を外す。模範的な社会人の仮面を外し、初めて...清水怜子と対峙する。

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