焦がした砂糖菓子よ、さあここに

@PP-ROTATION

第01話 ホーム

 初めて彼女を見た時から、彼女が苦手だった。


 女性と交流の場を持ちたい——そんな口実で設立したボードゲームサークル。実際はおそらく自分と同じ目的であろう男性たちと、そんな男性にすら相手にされない不美人な女性数名…。性から拒絶された人たちが集まり築いたコミュニティ、それでも楽しく続いて6年目。彼女が加わり全てが変わった。


 毎週水曜の19時。都内、マンションの一室を改装したようなボードゲームカフェ。ここが自分の唯一の居場所とも言えた。——太田拓実の。

 誰もが知る国立大学を卒業し、誰もが毎日使っているであろう技術を開発した会社に勤務している。“勝ち組”。周りからもそう言われ、自分でもそう思っていた。現実がそんなに単純じゃないということに、気がつきだしたのはいつだろう。


 自分の番が回ってきて、ダイスを振る。同じ趣味の仲間に囲まれ楽しいはずのこの時間が、最近では最も自分に孤独を自覚させる。


 有名大学を卒業したことは会社ではなんのアドバンテージにもならなかった。なぜなら社内のほとんどの人が有名大学を卒業していたから。小学校で、中学校で、高校で、大学で。勉強勉強勉強勉強。そして社会人になり、また勉強。それも一から。社会人としてのマナー、人との付き合い方、業務と責任、先端技術…。


 大学に合格した時には"前途洋々"だと言われ、勤め先が決まった時には"一生安泰"だと言われた。確かに腹を空かせて死ぬことはないだろう。給料だって周りと比べればそんなに悪くない。じゃあ飢えていないかというと、そんなことはない。飢えている。人に。もっと正直に言うと、女に。


 もう歳は三十も半ばに差し掛かっている。それなのに性行為どころか彼女ができたことすらない。容姿は…そこまで悪くないはずだ。自分より見てくれが悪い男なんてそこら中にいる。性格も悪くないはずだ。女性にはできるだけ紳士的に接し、好感が持てるような話題を振っているつもりだ。


 —— 本当に腹がたつ。女が、勝ち組の自分を惨めにする。


 四角い卓の正面、清水怜子が隣の席の古株プレイヤー、モナカと交渉をしている。清水は少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら木材を渡し、金鉱石を受け取る。1:1で。千円札と五千円札を交換するようなものだ。しかし自分が口に出すようなことではない。


 こんなこと最近では日常茶飯事だ。男性陣は浮き足立ち、彼女に気に入られようと、そのアプローチが盤上にまで及んでいる。


 四人で一つの島の領土を争い、自分の都市を発展させるボードゲーム。決着は自分が1位、清水が2位だった。清水がさりげなく自ら順位を下げたのを見逃さなかった。優遇されていることに居心地の悪さを感じたのだろう。


 美人で、知的で、しとやか…。


「うーん、中盤まではリードできてたと思ってたんですけどね」

 清水は穏やかな声に悔しさを滲ませる。しかしその黒曜石のような瞳に、悔しさの色は浮かんでいない。

「いやぁ、だいぶ突き放されてましたよ、実際。ダイスとカード運に恵まれてなんとかって感じでした」

 場の雰囲気に合わせて努めて明るく振る舞う。年齢よりも高い、上擦った自分の声が嫌いだ。

 四人でボードゲームを片付けながら感想戦をする。次のボードゲームを取り出そうとした時、BGM代わりに点けていたTVでニュースが流れる。


 ——「特定捕食存在」関与か 都内で衰弱死体発見 ——


 "特定捕食存在"、通称サキュバス。人間と全く見分けのつかない容姿。美しい姿で男性を誘惑し、その生命エネルギーを吸い取る神話の中の悪魔。しかし20年ほど前から、その神話の中の存在が突如現実に現れた。人間を殺害し捕食する化け物。


 四人がTVに目を向け、沈黙が流れる。自分よりもいくつか若い菊池雄大が、おどけた口調で被害者を揶揄やゆする。

「とんだすけべ野郎っすよこいつ。自分の命を捨ててでもパコパコしてたんだから。ある意味羨ましいっすよ」

「菊池くん…女性もいるから…」

 菊池の軽口を諌たしなめる。下品な奴。女性の前で下ネタを言うなんて。


 清水怜子がいつもとなんら変わりない、穏やかな表情で口を開いた。


「どれほどのものなのでしょうね。命と引き換えてもいいと思えるようなセックスって」


 卓を囲む自分たちだけではなく、他の卓の人たちも、一瞬時が止まったように彼女に視線が集まった。

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