番外編 地域部異常予防隊:高橋巡査長の記録
壊れたガラスペン
番外編 地域部異常予防隊:高橋巡査長の記録
東京都警察本部地域部異常予防隊に所属する私は鼻がいい。比喩ではない。魔力などの超常現象の臭いを察知する能力にたけているのだ。これは少し自慢だ。
東京都警察本部。旧警視庁という名称だったのだが、内政省の設立と中央警察として中央警視庁の設置に伴い、東京都警察本部へと名称の変更された。上は、いまだに劣等感を引きずっているらしい。
地域部異常予防隊とは、その名のとおり、その地域を巡回し市民が異常現象に接触するのを予防するために組織された部署だ。警察の組織内において最も重要な部署であり、もっとも軽んじられる部署でもある。その重要度は上に行くほど薄れていってしまうのが、悲しいところだ。
私は、今日、八王子のとある場所を巡回していた。
「こちら異常予防隊の
呪力の臭いは独特だ。まあ、私の主観でしかないだが、人の感情の臭いなのだ。それもかなり強い。嫌な臭いだ。異常予防隊の能力としては重宝するのだが。
「こちら管制、了解。高橋巡査長、そのまま追跡を、以上」
「了解、高橋巡査長。追跡します」
復唱する。これは重要だ。こちらが承認したことを相手に伝える大事な行為なのだ。
ゆっくりとそれでも早足で歩みを進んで行く。アスファルト、マンホールなどの上を通り、たどり着いたのは、営業時間外のスーパーだった。
私は嗅覚に集中する。どうやらスーパー内部より臭いが漂ってきているようだ。
「こちら高橋巡査長。八王子市██のスーパー██にて呪力の臭いを探知しました。異常予防の観点から、内部調査の実施のためスーパーの責任者へ連絡を入れ、立ち入りの許諾をお願いします」
いくら警察組織だと言っても、無断での建築物への立ち入りは許されない。裁判所か建築物の責任者の許可が必要だ。もちろん責任者への連絡は録音を取る。
「こちら管制、了解。今、連絡をとっています。しばらくお待ちを、以上」
この間に対呪力・呪術装備を整える。護符や拳銃の確認も怠らない。中間巡査も同様に装備の確認を行っている。しばらく待つと管制室から連絡が入る。
「こちら管制、今許諾を得ました。侵入を許可します、どうぞ」
「こちら高橋巡査長、了解。侵入を実行します、以上」
許可が降りたので、スーパーのシャッターを開けて入る。鍵? 開いていた。やはり内部には誰かいるようだ。
人のいないスーパーは不気味だ。外部からの薄明かりに照らされた陳列された商品。空調の止まったスーパー内には呪力の臭いが滞留している。
スーパー内部は電灯に明かりが灯っておらず、懐中電灯で周囲を照らしている。冷蔵装置のモーター音のみが響く冷蔵・冷凍コーナー。そして静まり返った商品棚には物が整然と並んでいるが、生肉コーナーと缶詰コーナーの一部は不自然に間が開いている。何かの供物に使ったのだろうか。薄暗い内部にある吊り看板が不気味に見える。そう、視線を上に向けた。
突如、中間巡査の足に何かが絡まる。するとすごい速さで中間巡査が消えた。いや、消えたように見えただけで、彼の懐中電灯がスーパーのバックヤードへの出入りへのスイングドアの先へと移動していったのが見えた。
「こちら高橋巡査長。中間巡査が消えた。緊急事態の恐れあり。応援を要請する、どうぞ」
「管制、了解。警備部超常事件課の応援を手配します」
向こうも少し慌てているように感じる。私も落ち着いているように装っているが、かなり焦っている。胸に手を当て、深呼吸する。少しでも間違えると私も中間巡査も帰れないかもしれない。
落ち着いたところで、懐中電灯を床面に向ける。すると縄のようなものが落ちているのに気がついた。縄……なのだろうか、これは。とりあえず、縄だ。これが中間巡査に絡みついたのだろう。触れない方がいい、そう思う。縄からは憤怒が込められた呪力の臭いがする。これは危険だ。胸元からフィルムカメラを取り出し撮影する。シャッター音でドキドキの瞬間だった。
縄に触れないように、バックヤードへのスイングドアへ近づく。スイングドアは少し開き何本かの縄が飛び出ていた。これは、トラップも兼ねているのだろうか。これ以上は危険だ。そう私の中で警鐘が鳴り響いている。
「警備部超常事件課到着まであと五分」
五分。短いようで長く感じるこの瞬間。内情のメモを取りつつ、静かに撤退するしかなかった。中間巡査。彼の身の安全を信じつつ、ゆっくりと歩みを進める。
私たちは異常予防隊。市民が異常現象と接触するのを予防するための組織なのだ。異常現象に立ち向かう組織ではない。悔しさと共にスーパーの出入り口まで撤退した。
縄には蛇を意味することがある。そんなことが脳裏によぎった。なぜ、今なのか、関係あるのだろうか。そんな考えをしているうちに緊急車両の赤い光が見えてきた。
背後のスーパーから、縄の軋む音と誰かの呻き声のような音が聞こえた気がした。
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