Tender Bluevoice

mahipipa

技師とアンドロイド

 人は機械に超えろと言う。だけども、超えそうな時に超えるなと言う。

 そのあまりに酷なわがままを、おれは彼にぶつけようと言うのだろうか。



 人類が辿り着いた異世界で、人類は一緒に流れ着いた者たちと元の世界を撲滅し、第二の故郷の生成に成功した。おれはその人類の末裔で、今、人類の都市の端っこでラボを開いている。


「トール。なんか最近、元気ないね?」

「そうか?」


 体格のいい金髪の男が頬杖をついて、おれに言う。おれは丁度、資料を読みながら手作りのベーコンレタスサンドを頬一杯にかじったところだった。新鮮なトマトとレタスの香りとベーコンのうまみをじっくり咀嚼して、その大きな一口を飲み込む。


 長年の付き合いだから、おれは目の前の男を待たせることにはあまり躊躇がない。


「チワワとブルーベリーマフィンの見分けがつかない顔してる」

「お前なあ、機械種から今に吊るし上げられるぞ」


 呆れておれはため息をつく。彼の名はクラク。由来は地球のクラークという人名で、それが少し『こちら』でなまって、クラクになったらしいということを、彼自身から聞いたことがある。おれの名前と同じだ。


Mid_Bird ミッドバードLabラボ. 管理者トール・ジニア』


 おれの名前はトール・ジニア。


 男性型家庭用アンドロイド「Mid_Bird」シリーズを手掛ける技師だ。彼らの思考、行動、そしてそれらを表現する躯体を作成するのがおれの仕事であり、ライフワークでもある。

 同時に、人間と同じように漂着した機械でできた種族たちとの関わりも持っている。


 元から機械である機械種たちからは「アンドロイドに人権を」と唱えられ、物好きな人間からは「きわめて人間に近いアンドロイドを」とせがまれる――それが、アンドロイド技師の立場だ。


 人間を超えず、つかず、離れず。技師はその人智ぎりぎりの匙加減を委ねられていると言っても過言ではない。


「大丈夫。好みの女の子には言わないよ」

「機械しか愛せないお前だろうに」


 へらへらと笑うクラクに肩をすくめ、おれは資料の束を置いた。この目の前の友人の唯一といっていい悪癖は、アンドロイドに対してしか恋ができないことだ。

 ため息をつくと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。


「トール、クラクさん。お茶が入りましたよ」

「おっ! ニューロ君、ありがとう。気が利くね!」


 ドアを開けた相手にクラクが小さく手を振ると、は落ち着いた所作でお辞儀をして、おれとクラクのところへ紅茶を置いていく。


 Mid_Bird-004『Neuromancerニューロマンサー』は、プロトタイプを含めればおれの手掛けた五番目のシリーズだ。短めで整った黒髪、褐色の瞳と、西洋ベースでありながら東洋の雰囲気を併せたような顔立ちにデザインした。


 中でも声帯パーツはかなり中性的な声に調整し、できる限り性別を感じさせないようにというのをコンセプトにした個体だ。

 そう、おれは彼のことで悩んでいる――。


「トール、どうかしましたか?」

「あ、ああ、いや。そうだ、ニューロ、お前の『声』についての問題なんだけど……」


 おれはさっき机の上に置いた紙束を再び持って、トレーを胸元に寄せたニューロを見る。彼の柔和な顔が、緊張した面持ちに変わる。


「わたしの声……どうでしたか?」

「ごめん、まだ原因は掴めてないんだ」

「そうですか……」


 ニューロは軽く俯いた。おれは彼から視線を資料に向けなおして、眉を寄せる。


 ファンタジー側から何か奇妙な因果を受けたのか。

 彼の声には異常なちからが宿っている。機械の側で歌おうものなら、そこらじゅうの機構が壊れてしまう。原因不明の、まさに魔法。それが、彼の中にある。

 意図せず、制御できず。この奇妙な現象について、俺は今も調べて続けている。結果は芳しくない。


「まあ、普段喋っている分には何ともないみたいだから、普段通りに過ごしてくれればいい」

「分かりました」


 おれの言葉に、彼は表情に穏やかさを取り戻して、こくりと頷いた。

 彼はからっぽになったサンドイッチの皿を引っ込めると、もう一度お辞儀をして部屋を出ていこうとする。


「ああ、ニューロ」


 とっさに、おれはニューロを呼び止めてしまった。しかし、明確に伝えることばを作ることができない。胸のもやつきは膨らむばかりだ。


「あ……いや、何でもない」

「……あっ、そうでした。トール!」


 ふと、ニューロが声を上げる。トレーを持ったまま、彼はにっこりとおれとクラクに笑いかける。


prototypeプロトタイプが三時ごろに到着できそうだ、という通信がありました。席を用意しておきますね!」

「ミッドが? 分かった。応接室で大丈夫だと思うから、頼むよ」


 彼は改めてお辞儀をして、部屋を出て行った。

 prototypeというのは、正式にはMid_Birdミッドバード-prototypeプロトタイプ。おれの手掛けた最初のアンドロイドだ。


 今は派遣先の技師から暇を貰って、長めの旅行をしていると聞いていた。どうやらその彼が、こちらに無事到着できそうだと聞いて、おれも少しほっとする。

 クラクもその報を聞いて安堵し、ニューロの出て行った扉をしばらく見つめていた。

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