未完で未満で不全な恋を、僕らは今日も愛し続ける

りつりん

プロローグ

第1話 どこか歪な関係を素直に喜んでいた①

 ある朝、僕こと東雲薫は女の子になった。

 目が覚めた僕を襲った胸元のたわわ感。

 股の心もとなさ。

 キューティクルと長さを増した髪の毛。

 昨晩までピッタリサイズだったのに、手足を隠してしまっているパジャマ。

 突然のこと過ぎて驚きはしたが、その一方で、女の子になったことよりも『僕がなってしまったか』という驚きの方が大きかった。

 なったとわかってからはスムーズで、各所に連絡を取り、諸々検査やら調整を行うこと二週間。

 僕は、ぽん、と再びいつもの学校生活に戻ることになった。

「ふう……」

 女の子に変化してしまってから初めての登校日。

 既に学校には詳細な連絡がいっており、クラスメイトだけでなく全校生徒が僕の状況を知っているらしい。

 そうであるからこそ僕は緊張していた。

 これからどう接していけばいいのか。

 これからどう接するべきなのかを何度もシミュレーションした。

 しかし答えは出ることなく、ただただ、嫌な緊張感だけが心の中に跋扈した。

 なので、僕はとりあえず誰よりも早く教室に入り、後から教室に入ってきたクラスメイトに対して極々普通な顔をしながら「おはよう」と言うことで、その緊張を和らげる作戦に出ることにした。

 教室の扉の前で深呼吸をする僕。

 誰もいないはずの時間に来たとは言え、これまでとは全く異なる時間を過ごすことになる場所。

 それなりに覚悟を持って扉を開けなければならないのだ。

「よし、行くか」

 深呼吸を終えた僕はゆっくりと扉を開けた。

 これまでよりも力の落ちる手。

 いつもより扉が重たく感じた。

 いや、気が重いのもあるのだろう。

「うん?」

 誰もいないと思っていた教室の中に、一つの影を観測した僕は思わず声を上げる。

 そんな僕の声に反応したのか、教室に存在する人影はくるりとこちらを向きそのまま歩を進めてきた。

「薫君!」

 艶やかな腰ほどまでの黒髪を靡かせながら僕の元へと足早、いや早朝に似合わない猛ダッシュで近づいてきたのは仲のいい友人である百瀬瑠々。

 その煌めく瞳は僕を転がすように軽やかに揺れ、その白い肌は僕の視線をすべてはじき返すかの如く輝いている。

 と、僕が認識したと同時に、彼女はそのまま僕にタックルをかましてきた。

 バランスを崩した僕は後ろによろけコロン、と仰向けに倒れ込んだ。

 瑠々はそのまま僕の上に馬乗りになる形となった。

「えっと、おはよう、瑠々」

 僕はやや影が入り、見えづらくなってしまった瑠々の顔に声を届ける。

 しかし、瑠々は言葉を返してこない。

 結果、訪れる沈黙。僕は言葉を繋げることができない。

 それはそうだろう、と僕は思う。

 なぜなら、瑠々はつい先日、僕の告白を断ったばかりの存在。

 僕にしてみればまさかこの時間に教室にいるとは思っていなかったし、邂逅と同時に突進からの馬乗りにされるとは夢にも思っていなかった。

 ただただ先行きの見えない緊張感だけが体を支配する。

 しかし、そんな僕の緊張をなぞるような、繊細な指使いで瑠々が頬を撫でてきた。

「おわっ!」

 突然の刺激に僕が動くと同時に、影になっていた瑠々の顔に光が当たる。そこにはこの世のすべての憂いを消し去ってしまいそうなほど、きらきらとした笑顔があった、

「んー、本当に女の子になったんだね! なっちゃったんだね!」

 僕の上の瑠々はとても、それはそれはとても嬉しそうに頬を緩め、僕の頬を両手でにぎにぎしてくる。

「ふゅ、ふゅふゅ?」

 僕は彼女の笑顔の理由を全く理解できず困惑する。

 僕の脳裏を過るのは告白をした過去。

 彼女とは彼女が転校してきた中学二年生の秋からの付き合いで、彼女の纏う空気、彼女の容姿、そして何より他者を思いやることのできる慈愛溢れる側面に惹かれた。 

 もちろん、勝算なく告白したわけじゃなかった。

 彼女とは共通の趣味を通して仲を深め、男女の仲になってもおかしくはないと判断できる状態になってから戦いに挑んだ。

 しかし、無残に惨敗。

 そんな彼女と教室に二人きり。

 あまつさえ、馬乗りに理解できない笑みをトッピングしている。

 困惑どころか恐怖すら感じてきた。

 もしかして、彼女は別の何かに脳を乗っ取られたのだろうか?

「とりあえず、一旦どいてほしいかな」

 言いつつ、瑠々の物理的支配から脱しようとする僕。

 しかし、そんな僕を逃がさないように、彼女は僕の肩を床に押し付ける。

 馬乗りから押し倒されるような姿勢になり、僕は思わず喉を鳴らす。

 まったく力で押し返すことができない。

 それはそうだ。どう見ても瑠々は今の僕よりも大きいのだから勝てるわけもない。

 より近くで見る彼女の瞳は潤んでおり、頬は少しだけ赤らんでいた。

 漏れる息もどこか熱を帯びている。

 その熱は朝という爽やかさを発する時間帯にふさわしくなく、だからこそ僕の心を揺さぶる。

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