第11話 ゴブリンとは
新人共の教導を始めて一月ほど経った。ギルド併設の酒場で酒を飲みながらぼんやりしていると、依頼書を握ったサラとレオンがやってくる。
「リカルドさん、これを受けようかと、何でお酒飲んでるんです?」
サラが差し出したのは魔物駆除の依頼だった。 最近はこちらも驚く速度で文字の読み書きも覚え、依頼掲示板から自分で探してくるようになった。
「……ゴブリンか」
ゴブリンはコボルト同様知性を持ち、コボルト以上に繁殖力は高い。放っておけば群れが膨れ上がり、人里を襲う厄介な魔物だ。個体は弱いが数が多く、簡素な武器を持って襲い掛かってくる。
「そう、ゴブリンです。それで……サラッとスルーしてくれてますけどなんで今、お酒なんて飲んでるんです」
サラがジト目でこちらを見てくる。仕方ない。無知なガキどもに教えてやろうか。
「いいか?酒を飲むと頭に血が回る。頭に血が回ると考えが冴える。つまり酒は頭にいいんだよ。仕事前にこそ飲むべきだ。後美味い」
俺の答えがお気に召さなかったのがサラは俺の手元のカップに抗議的な視線を送っていた。
「お前らも飲むか?」
「飲みませんよ!」
「そうか。美味いんだがなぁ」
成人したてのガキに酒の味はわからんか。
「美味しい不味いの問題じゃなくて……いえ、もういいです。それより、ゴブリンの討伐に行きたいんですが」
何かを諦めたような表情になったサラが言った。
「ゴブリンは割に合わんぞ」
「どういう事ですか?」
「報酬は安い。数は多い。
なまじ知性もあるから小賢しい事もしやがる。
魔石も大した額にならねえ。しかも後味も悪い。
だから割に合わねえんだよ」
「後味が悪い?」
サラの疑問に一瞬考える。ここで俺が全てを話したらコイツラは依頼を受けるのを辞めるだろうが、それで良いのだろうか。
ゴブリンの討伐はある意味、冒険者の現実を嫌という程物語る類の依頼でもある。
「まぁ、自分の目で確認するのもいいかもな。どうしても受けるなら止めはしねえよ。どうする?」
思わせぶりな俺の言葉に少し迷うような素振りでレオンが返す。
「でも僕たちが受けられる依頼、今日はスライム狩りくらいしかありませんでしたよ、師匠」
「師匠はやめろ。にしてもスライムは嫌なのか?」
レオンは最近俺を師匠呼ばわりするようになった。弟子を取った覚えはねえ。
勘弁してくれ、とは言えレオンも少しは戦えるようになったのは確かだ。この間も薬草採取中にコボルトを一体仕留めていたしな。
「スライムはもう当分見たくありません……」
げんなりした声で言うレオンの横で、サラが力強く頷いている。
なんだよスライムいいじゃねえか。危険は少ねえし、報酬も悪くないんだからよ。
しかしサラはサラで最近意外とハッキリものを言うようになって来たな。
まぁ、別に悪い事とは思わねえよ。時々面倒だがな。こないだなんか足踏まれたし。
「……そうか、なら準備だけはしとけ。ポーションは持ってんだろうな?」
「はい!回復・スタミナ・マナ、それから毒消しも」
レオンが胸を張って答える。
「よし。揃ってんな」
「高かったです……」
サラが眉間に皺を寄せて杖を握りしめる。
「ポーション類はケチるなよ」
「……うっ!ゴブリンならそこまで……」
「……ケチるなよ」
「……はい」
なんか怪しかったので念押しするとサラが不承不承といった調子で頷いた。全く、随分とゴブリンを甘く見てるようだ。
「サラ、カリナとの訓練の調子はどうだ?」
一応カリナから色々聞いちゃいるがな。
「なんとか魔力の感覚は掴めて制御の感覚も……ただまだ魔法を使うのにかなり時間が……」
カリナから言わせると、短期間でここまで出来れば充分らしい。
「集団に打撃を与えられる魔法は持っているか?」
「ロックグラヴェルなら」
ロックグラヴェルってカリナがよく使ってたな。
まぁ、切れる手札は多いに越した事はない。
ーー
ギルド受付でリンダから依頼を受け、町の周辺の森に来ていた。コボルトの生息地帯ではあるが、ここ最近ゴブリンが住み着いたとのことだ。
ゴブリンは小規模な群れで集落を築いて生活する。おそらく、増えすぎた集落が分裂して町の近くに居着いたのだろう。
とは言え、一度居着いてしまえば、ゴブリンの行動範囲は広くないので町から充分離れていれば捨て置かれる事も多い。
今回は町に近すぎたのだ。故に町から駆除の依頼が出た。
ギルドで依頼を受けた俺達はゴブリンが活動するエリアに足を運び、まずは集落を探す事から始めた。
「わかってましたけど、ギルドの方で調査とかはしてくれないんですね」
木の根が絡み合う森を忌々しそうに歩くレオンがぼやく。
「そりゃな。強力な魔物ならともかくゴブリン程度に調査隊なんていちいち送らねえ。
調査も俺等の仕事、排除も俺らの仕事だ。調査して分が悪けりゃ諦めなきゃならねえ。
下手すると数日野宿だ。覚悟しとけ」
「当たり前ですけど、ゴブリンの討伐も楽じゃないんですね」
木の根に足を取られそうになりながら、サラが言う。
「だからスライムがあったろうに」
「っう……スライムは……臭いのもそうですけど、冒険者としての力がつかないと言うか」
言葉を選ぶように言うサラの横でレオンが頷く。
「師匠だって何時までもいるわけじゃないんだ!師匠が居る内にいろんな依頼を受けてきたいんです」
なる程、スライム駆除業者になるのが嫌だったわけじゃないわけだ。後、師匠は止めろ。レオン。
「まぁ、今、お前らがゴブリンの討伐を受けたのもいい頃合いかもしれんな。
集落が見つかれば直ぐに分かる。魔物討伐。
俺達がやってる事がなんなのかな」
ゴブリンの集落を探る機会は程なく訪れた。
何やら数体のゴブリンが森を散策していた。
手には短い弓。そして仕留めたであろうウサギが握られていた。
どうやら狩りの帰りらしい。
「師匠、ゴブリンです!」
声量を考えず喋るレオンを拳骨で黙らせる。バレたらどうする。
「気が付かれないようにあいつらをつけるぞ。集落の位置がわかる」
十分に距離をとりつつ見失わないように尾行すると、程なくしてゴブリンの集落へたどり着いた。
「……え?」
集落を確認した途端、サラが間の抜けた声を上げた。
考えてる事はわかる。なんか思ってたのと違ったんだろ。
集落は原始的ながらも確かなコミュニティを築いていた。
枝と木の葉を使用して作られた。居住スペース。
焚き火の前では、雌のゴブリン達が火を起こして、俺達が尾行したゴブリン達が狩ってきた獲物を捌いていた。
その回りを嬉しそうに走り回る子供のゴブリン。
そんな子供を窘めながらも微笑ましい者を見るような目でその光景を見る少し年上のゴブリン。
言葉はわからなくても、火のぬくもりと笑い声が、何を語っているかはわかった。
「依頼はこいつらを皆殺しにすることだ。どうする?」
レオンは目を見開いて、油汗を浮かべている。
サラは、口を引き結んで、手に持った杖を手が白くなる程握りしめていた。
「後味が悪いってこう言うことだったんですね」
「なんで教えてくれなかったんですか……」
レオンとサラが俺に抗議じみた視線を送ってくる。まぁ、教えやることも考えたが……
「これが俺達の仕事だ。生で確認した方がいいだろ」
「俺達はそんなつもりで……」
「まぁ、別にやりたくなけりゃこのまま帰ってもいい。現に、討伐出来なくて帰ってくる奴らも居るしな」
事実だ。気の優しい奴はこの光景をみて処理できずに帰ってくる。
そういう奴らは冒険者なんて無理だ。他の仕事をした方がいい。
「これ、俺達が投げ出したら。このゴブリン達はどうなるんですか?」
「他の奴らがやるだろうよ。見た感じこの群れはゴブリンにしちゃかなり高度な社会を構築してる。危険だ」
「師匠ーー俺、初めて町に来た時、エルフが人間と共生してるのを見て凄く驚いたんです」
「……あ?」
何を言い出すかと思えばエルフ?ストレスでおかしくなったか?
「師匠……俺の村の近くってエルフの集落があったんです。
俺達はエルフを恐れてたし嫌ってました。
エルフの決めた縄張りに踏み込んだ途端、殺されるので。
だから俺達は普段、エルフの縄張りには絶対入らなかった。
そこに食料や貴重な薬草があると分かってても」
「……何が言いたい」
「なんか、俺達がやろうとしてるのって森のエルフみたいで嫌です」
「……そうか。じゃあ降りるか?別に責めねえよ」
戻ったら、別の仕事を勧めた方がいいなこりゃ。
「僕らが下りても結局この里は誰かが滅ぼすんでしょ?
なんとか出来ませんか?
エルフと人間は共生できてるんです」
「エルフと人間は同じヒトだろうが……」
「森のエルフは俺達をヒトだと思ってませんでした。
奴らからすれば、人間はゴブリンです」
「だとしてもだ、同じ種族同士ですら争うんだ。
言葉も通じない魔物なんかどうにもならん。諦めろ」
俺の言葉にレオンとサラが下を向いて考え込む。いや、思案してる?
「言葉……サラ」
レオンがサラに呼びかけるとサラが一度頷く。
「魔物と話せる魔法。聞いたことはないけれど、カリナさんに相談すればもしかして」
おい、話が妙な方向に転がり出したぞ。
「お前ら、ちょっと……」
「「一度ギルドに戻りましょう!」」
面倒な事になるぞこれ。
俺はこいつらみたいな目をするお人好しを嫌という程知っていた。
散々振り回されたんだ。間違えようもない。クソが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます