第5話 ハルナの空回り

 日も落ちかけた頃、薬草の採取を終えようとギルドに入った俺は新人2人とギルドのカウンターへ依頼完了の報告に来ていた。


 完了報告を終えようと、受け付け前には長蛇の列ができている。


 本日の仕事を終えた冒険者の多くは夕方に報告に来る。よってこの、時間帯は6つある受け付けもフル稼働だ。


 この待ち時間だけは本当に何とかならないものか……

 

 まぁ、待つしかないので待つわけだが。俺の前に並ぶ冒険者が捌かれるにつれ、俺の並ぶ列を処理してるのが誰か次第に明らかになる。


 残念ながらリンダだった。


「ハズレか」


 真剣に並び直そうか悩んだ。


 熟考の結果。また並び直す時間が勿体ないという理由でそのままリンダの前まで来ていた。


「リカルドさんお帰りなさい!レオン君とサラちゃんもお疲れ様でした」


 無言で採取してきた薬草とコボルトから取り出した魔石、そして残った牙をカウンターに置いた。


「あら、初日から魔物と遭遇ですか。お二人とも引きが中々お強い!」


 張り付けた笑みでそんな事をいう。


「さっさと確認しろ」


 俺は最低限の言葉で返す。リンダのペースに乗せられると無駄に疲れるからだ。黙ってれば優秀な受付なのだ。腹が立つ。


「ハイハイ!薬草の品質は……おお、グッドです!リカルドさんが摘んだんですか?」


「違う、新人共だ」


「いやいや、これは期待の新人ですね」


 リンダが大げさに誉める。


 言われて照れくさそうに頬を染める2人を見て思う。リンダの鴨である。


 まぁ、人は痛みを経験として成長する生き物だ。精々頑張れ。


「魔石の計算も頼む」


 このままではリンダ劇場が始まってしまう。料金は俺の胃の厚みだ。


「ハイハイ!コボルトの魔石と牙ですね。これもお二人が?」


 脱線するんじゃねえ。


「いえ、それは全てリカルドさんが倒しました」


 律儀に答えるレオン。


「ああ、リカルドさんですか……」


 あからさまにテンションが下がったリンダ。いいぞ。そのまま事務員らしく事務的に処理をしてくれ。


「それじゃあ薬草の採取報酬が4アージェとコボルトの魔石と牙の報酬が18アージェで合計22アージェです」


「え?そんなに」


 レオンが驚いた様に呟く。サラも提示された金額に口をあんぐり空けている。


「言ったろ、魔物は金になるんだ。リンダの給料が月々、38アージェだ。そう考えると悪くねえだろ」


 俺は驚く2人にニヤリと笑いかける。俺も新人の頃、始めて魔物を倒した時の稼ぎに驚いたもんだ。


「人の給与をバラさないで下さいよ。なんで知ってるんです?」


 リンダの抗議は無視し呆ける2人を現実に呼び戻す。


「調子にのって豪遊するなよ。見入りもいいが出てく金もデカいのが冒険者だ」


 一応釘を刺しておく。コボルト程度じゃあ、装備のメンテや消耗品の補充等で純利益がささやかになるのも冒険者だ。後、色町で遊べば秒で吹っ飛ぶ。


 

「中々、教導が板についてるじゃないですか。やっぱり初代彗星の尻尾のリカルドさんに頼んだのは正解でしたね」


 初代は止めろ。彗星の尻尾は後にも先にも一つだけだ。


「それ、ハルナ達の前で絶対言うなよ」


 リンダの軽口だ。分かっていたが、図らず声が一段低くなる。俺の様子に横の新人も表情を強張らせていた。


「すいません悪ふざけが過ぎました」


 リンダは貼り付けていた笑顔を引っ込め、珍しく素直に謝る。


「でも少し納得が……元々はリカルドさんとオスカーさんの立ち上げたパーティーなのに、なんでリカルドさんがパーティーを追われるんですか」


 リンダが顔を顰めながら呟くリンダの様子を見て、溜息を吐く。


 そういえばこいつは俺とオスカーが2人でやってた頃から受け付けやってたな。


 あの頃はまだ可愛げがあった。可愛がった結果がこれである。


「変わらねえもんなんてねえってこった」


 リンダもな。諸行無常の化身である。


 そう言って報酬を受け取ると受け付けを後にした。


 ーーあ、教導の報酬もらうの忘れた!もういい、明日もらおう。今日は疲れた。






 新人2人とギルドの一角で報酬を分配する。


「あの、こんなにもらっていいんですか?」


 レオンが酷く恐縮しながら言った。


「あ?何がだ?」


 言われた意味が分からないので一体何が問題なのか尋ねる俺にサラが答える。


「だって私たち2人の取り分が16アージェですよ。私たち、殆ど何もしてません」


「薬草摘んだじゃねえか」


「コボルトは倒してないです」


「依頼達成の取り分はお前ら、魔物の素材を換金した場合の報酬は折半。教導受けた時の依頼内容がそうなんだ別に変じゃねえだろ」


「でも」


 なおも食い下がろうとするサラを制して言った。


「俺はギルドからも金をもらってるんだ。お前らの取り分ぶんどったら俺が叱られるんだ。ガキがいらねえ気回すんじゃねえよ」


 こいつらちょっと人が良すぎるな。


「冒険者やるなら金の事はちゃんとしとけ。貰うもんは貰う。払うもんは払う。なあなあにすると後でひでえ目に合うぞ」


 変に遠慮すると付け入られる。逆に払うべきを払わないと信用をなくす。


 1日11アージェポッチの固定給で長期間新人を教える。報酬は折半。


 だから新人の教導なんて割に合わないのだ。その辺の魔物でも狩ってた方が俺は稼げる。


「何をしているのですか?」


 唐突に掛けられた声に舌打ちを漏らす。


「面倒なのが来たな」


 振り返るとハルナが立っていた。腕を組み目を釣り上げ俺を睨んでいた。


「言っとくが報酬の分配をしてただけだ、事情も知らない、関係ない奴が、頼まれてもないのに、口を出すな。何時も言ってただろうか」


「貴方の考えを私に押し付けないでもらえますか?」


 吐き捨てられた言葉には大いなる侮蔑が含まれていた。


「分かった。押しつけねえからもうあっちいけ」


 手でシッシと追い払う仕草をする俺ををハルナは変わらず睨みつける。


「先程から暫く見ていましたが、新人のお二方、随分お困りな様子でしたが。報酬でトラブルでもあったのでは?」


 俺達の事観察してたのかこいつ。暇だな。そして何時もの早とちり。


「ちょっと、俺とこいつらでの報酬の捉えかたに齟齬があっただけだ。もう解決する。そうだろ?」


 俺が新人に促すと2人はコクコクと頷く。


 これで分かってもらえると思った俺が甘かった。


 2人の様子をみたハルナの目はさらに細められる。


「あなたが無理やり言わせてるのではないですか」


 言わせてねえよ。いや、端から見るとそう見えるのか?


 参った、今のは俺がマズかったかもしれん。


「あの……。リカルドさんとは別に揉めてないです」


 どうしたもんかと考えてた所に割り込んだのはサラだった。


「報酬が私たちが想定していたよりも多かったので、少し動揺しただけです。リカルドさんは悪くありません」


 おずおずと告げるサラの言葉にハルナが居心地悪そうに黙り込む。


「そう、ですか。……それは、お騒がせしてすいません」


 そう言って逃げるように踵を返すハルナを呼び止める。


 怒りか羞恥か、顔を赤らめたハルナがこちらを振り返る。バツが悪そうに振り返るその姿は怒られた子供のようだった。


 なんでこういう所は変わらねえんだろうな。


 そして俺はハルナの見えてる地雷を、思い切って踏み抜いた。


「オスカーは死んだ」


「……」


「お前はオスカーにはなれない。無理してオスカーの真似すんな」


 その言葉に反応したハルナがキッと俺を睨みつける。


「……っ!私は!」


 ハルナは何か言いたげに口を開くが、その先は言わず。走り去っていってしまった。


 今まで幾度も投げかけた言葉は本日も梨の礫で終わった。

 

 まだ時間が必要なのか。


 走り去り小さくなるハルナを暫し眺め、その後、新人2人に向き直る。


「悪かったな変な所見せて」


「いえ……」


 サラの目は遠慮がちに俺と走り去るハルナを往復していた。


「一昨日まで一緒のパーティーだった奴だ」


 巻き込んでしまった詫びでは無いが、知りたがっているであろう俺とハルナの関係を軽く切り出す。


「え?」


「まぁ、素行不良でクビになったがな」


 俺からすると、あまりにも可愛らしい素行不良の数々を思い出し、鼻で笑ってしまう。


「素行不良?」


 レオンが俺を見ながら首を傾げる。


「まぁ色々とあってな。後お前ら、飯奢ってやるからこれから少し付き合え。会わせたい奴がいる」


 唐突に話題を切り替えた俺にキョトンとした反応の2人に続けて言った。


 まぁ、二周りも年上の教導冒険者に飯付き合えとか言われたら嫌だろう俺は嫌だ。


「前のパーティーの仲間だ。魔法に詳しい。サラの魔法について色々と聞いときたくてな」


 俺は新人共を引き連れ、ギルドを出ると、カリナの待つ食堂へ向かったのだった。

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