素行不良を理由にパーティーを追い出された俺が新人育てる事になった
宇治金時
第1話 素行不良の男酒場に立つ
先日、Aランクパーティー《彗星の尻尾》をクビになった俺、リカルド・ゲイネスは、武装もせず人気の無くなったギルドで日中から酒を飲んでいた。
時刻は午前十一時。冒険者たちはちょうど依頼を受けて、それぞれの目的地へと旅立っている頃だろう。
先日までは、俺もその中にいた。今朝方、パーティーのリーダーに部屋に呼ばれ、クビを言い渡された事を思い出した。
「あ? クビ?」
《彗星の尻尾》が拠点としていた宿で、リーダーのハルナが、真っすぐ俺を見つめて告げた。
肩までの黒髪を切り揃えた彼女は、形の良い眉を吊り上げ、口を真一文字に結んでいる。
「そうです。オスカー亡き今、素行不良のあなたをパーティーに置いておく必要はありません」
オスカーは《彗星の尻尾》の先代リーダーだった。
既に3年も前にはおっ死んだはずだが。今さらすぎる。
まぁ、殆どのメンバーから嫌われてる自覚はあったがな。
「一応聞くが素行不良って具体的になんだ?」
「仕事なのに酒場で飲んだくれる」
「仕事の時は飲んでねえだろ。仕事前と小休止の時と仕事が終わった時だけだ」
意外と俺は真面目なんだ。仕事前くらい勘弁してくれよ。
「先日、村人の揉め事を解決しようと介入した私たちの邪魔をしました」
「頼まれてもないのに首つっこむなよ。結局当人達で落としどころ見つけてたじゃねえか」
解決出来ればいいね。
「冒険から帰ったその足で色街に行ってました」
「おっさんの恥ずかしい憩いの時を覗くなよ。誰だ?俺を付け回したのは……趣味がいいとは言えねえな」
俺の痴態をどこまで見てやがる。ムッツリの出歯亀め。
その他、ハルナが挙げ連ねた俺にとっては全てが取るに足らない事だった。
オスカーの奴、よくこいつらをコントロールしてたもんだよ。
「他の奴らとは話はついてるのかよ」
ハルナがまた暴走してるんじゃないかと思って、一応聞いてみた。
「すでに他のメンバーにも確認は取ったわ。カリナはちょっと、何考えてるかわからなかったけど」
いくら目の前の小娘が暴走しがちな性格だとしても、パーティーの未来を決める選択で、メンバーの意見を聞く程度の分別はあるようで安心した。
「そうかい。まぁ、一応同じ釜の飯を食った仲だ。一つ忠告してやる。少し立ち止まって考える事も覚えような」
……正直、不安かなり不安だ。
「貴方に言われずとも!」
挑発した覚えはないのに、怒りで顔を赤らめるハルナ。瞬間湯沸かし器みたいな奴だ。
「へいへい」
「――今身につけてる装備は、餞別としてくれてやります」
……すまんオスカー。
俺にはもう、面倒見切れないわ。そもそもクビになったし。
お前にはなれんよ。なりたくもねえ。
というわけで、素行不良を理由にパーティーをクビになったおっさんの誕生である。
アイツら、悪い奴らじゃない。
ただちょっと正義感が強すぎる上に、クソ真面目で、周りに自分ルールを押し付ける性質があって、場を引っ掻き乱すのが上手なだけだ。
一緒にいると疲れる奴らってだけだ。根は良い奴だと思いたい。
「奴らが問題起こしてませんように……」
パーティーメンバーの中に1人だけまだまともなのがいるが、あれはあれで変わっているのでブレーキ役は無理だろう。
問題をややこしくする才能に溢れた者たちが、その才能を遺憾なく発揮できる環境が整ってしまったのではないか。
そんな思いに駆られて身震いしながら飲みかけの酒をぐいと煽る。
困るのは、当人ではなく周囲である。ともあれ俺は奴らに言わせれば素行不良らしいし、その見立てもあながち間違っていない。
俺の目の届かないところで、知らない奴が困ろうとその日は美味い酒が飲める。
今までは俺も現地に居たし、オスカーの遺言もあった。
なので仕方なく奴らにブレーキを掛けていたが、こうしてパーティーメンバーじゃなくなった以上はもう関係ない。
これからはガキのお守りは辞めて好きに生きようじゃないか。パーティーをクビになって飲む酒は皮肉なことに美味かった。
喉を通るまでは。喉元過ぎれば何とやら、胃の腑に収まった酒は思いの他重く感じた。
酒を煽る俺に近づいて来る足音。
冒険者ギルドカルナード支部の事務員、リンダ。
アッシュブロンドの髪を揺らし、二重の目は胡散臭く細められている。
口元には“張り付けたような”笑み。 圧がすごい。怖い。近い。逃げたい。
なんだこいつ。必要以上にゆっくり歩いてんじゃねえよ。
なんでそこらの冒険者より怖いんだよこいつ。前世魔王か何かだろ。
「リカルドさん、ちょっと頼まれて欲しいことがあるんです。暇でしょ?」
胡散臭い笑顔でこちらにヌルリとした動作でこちらに寄るリンダから仰け反る様に身を逸らす。
知ってる。
この女がこうして近寄ってくる時は大抵面倒事を押し付けてくる時だ。
「ーー暇じゃない」
「昼間からお酒飲んでるのに?」
「酒を飲むのに忙しい」
「パーティー抜けられたんですってね。お金、ないんじゃないですか?」
「金ない奴が昼間からギルドで酒なんて飲まねえだろうか」
ヘソクリくらいあるわ。
「いい話があるんです!」
上手い儲け話で人を騙す奴の常套句だろうそれは。
そして目の前の女が言葉選びを間違える訳ない。俺に案件を押し付けると言う確たる意思を感じる。
離れろ。暑苦しい。
そんな俺のささやかな願い。
そんなもの目の前の女に届く筈もない。例え届いても笑って切り捨てる女だ。
「暫く新人の教導になって下さいよ」
何かと思えば、新人冒険者の教導役である。何がいい話なものか。
仕事を知らない人間に手取り足取り自分が培ったノウハウを二束三文で叩き売るんだ。しかも最低数か月かかる。
新人は足手まといだ。そのクセある程度育った有り難うさようならだ。やってられるか。
「面倒臭い。割に合わない。断る」
「いい子達なんですよ」
「他を当たれ」
「ギルドとしても是非彼らには長く活動してもらいたくてですね~」
「ガキのお守りはもうたくさんだ」
「早速連れていますね。あ、報酬はギルドからお支払いしますのでご安心を」
「聞けよ!」
俺の叫びも虚しく。言いたいことだけ言って、リンダはくるりと俺に背を向け、颯爽と去って行った。
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