第4話 お使い?

「眠い」

 

 昨夜の魔物の解体祭りから数時間後、わたしは昼下がりのギルドの受付で猛烈な睡魔と戦っていた。


 隣のミーシャに関しては背筋正しく椅子に腰掛け、白目を剥いて大口を開けながら眠ると言う器用な事をやってのけている。何あれ怖い。絵面がやばすぎる。。


 寝てしまおうか。どうせ誰も来ない。

 そんな誘惑に負けて机に突っ伏しそうになった時、滅多に開かないギルドの扉が開いてハンスさんがノシノシこちらに歩いて来る。わたしと目が合い続いてミーシャに目を向け、何事も無かったかのようにわたしに近寄ってきた。

 このおじさまスルー力高いわ。


「ハンスさんこんにちは。やっとギルドに入る気になってくれたんですね」


落ちそうな意識を気合で引き上げながら何とか応対する。


「入るわけねえだろ。今日はコイツを渡しに来たんだ」


 そう言って受付にドンと置かれたのは燻製肉の塊だった。先日解体したホーンベアのものだろう。


「流石仕事が早いですね。どうもありがとう御座います。加工費は幾らですか?」


「いや、いらん。昨日解体した時に希少部位なんかも貰っちまったからな。解体料その他含めてもお釣りが来るわい」


 ああ、そう言えばホーンベアの希少部位は保存が効かないと言う理由でハンスさん含め、何人かにあげちゃってたんだっけ。


「そうですか。ありがとう御座います。ミーシャ。ハンスさんから燻製もらったわよ」


 燻製と言うワードで人様にお見せ出来ない顔を晒して落ちていたミーシャが意識を取り戻した。


「え、マジすか?やったー。ハンスさんありがとう」


「おう、いいって事よ。で嬢ちゃんらにもう一つ頼み事があるんだが聞いちゃくれねえか」


「依頼ですか?」


「まぁ、そんなところだ」


 へえ、ハンスさんが依頼とは珍しい。どういう風の吹き回しだろう。


「取り敢えず内容を聞きましょうか」


 仕事モードに切り替え、ハンスさんに話の先を促した。


「いや何、お使いみたいなもんなんだ。リンデルのザボエラ商会にコイツを届けて欲しくてな」


 そう言って出されたのはまたもやホーンベアの燻製肉の塊だった。隣町のリンデルはドナレスクから馬車で2日程走った所にある。ここよりは栄えた町でそこのザボエラ商会は王国北部では有数の商会だった。このおっさん。そんなとこまでお得意様なのかよ。まぁ、冒険者が居ない以上断るしか無いのだが。ちょうどリンデルには近々行く用事があった。仕事半々、プライベート半々なので中々休む踏ん切りがつかなかったのだが、これを口実に行ってもいいのではないだろうか。


「ちょっと待って下さい。オーランド支部長に確認します」


 数一瞬悩んだが自己判断で勝手に引き受けるわけにも行かず。オーランド支部長の支持を仰ぎに支部長室に向かった。



















「というわけで、ハンスさんの依頼を受けるついでに諸々の所用を済ませる為にリンデルに行きたいんですがよろしいでしょうか?」


「ああ、うん良いんじゃない。行っておいで。受付はミーシャ君が居るし。何とかなるでしょ」


 ハンスさんからの依頼内容とわたしがリンデルに用事があることをかいつまんて説明したところありがたい事に直ぐに許可が降りた。


 ありがたいのだが……


「ずいぶんあっさり許可しますね」


「何、アリシアちゃんって一度は引き留めて欲しい人?意外と面倒臭いタイプなの?」


「いやまあ、あまりに2つ返事だったんでビックリしただけです。上司として掘り下げて聞きたいこととかないんですかね」


「僕、職場の人間のプライベートは尊重するタイプだから」


 半分仕事で行くんだよ。プライベートを強調しないで欲しい。


「所長は何かリンデルに用事あったりしますか?わたしはリンデルに溜めこんでた魔物素材の換金に行きますけど」


「うーん僕は良いかな。あ、そうだ。リンデルのリンゴ酒買ってきてよ。お金は渡すからさ。余ったら好きなお菓子買っていいよ」


……お使い?まあ、聞いたのはわたしだから別にいいんだけど。


「わかりました。それじゃあハンスさんと話して今日明日のどちらかに出立します」


 そう言い残して部屋を出るとハンスさんの話に戻り、依頼の詳しい内容と、出立日の打ち合わせを済ませた。


 相談の結果出立日は明日、依頼額は相場プラス馬車代。中々金払いがいいので驚いた。町の馬車乗り場に行き明日の馬車を予約して本日の業務はほぼ終了と言った所だろう。


 退勤時にミーシャ、わたし、オーランド支部長の間でホーンベアの肉を巡る争いが起きたのはまた別の話。

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