異世界へ転生した俺が最強のコピペ野郎になる件
@ooriku
第1話 最悪の別れと神様との取引
アスファルトに叩きつけられた衝撃は、想像よりもずっと静かだった。
頭の芯がジンジンと痛む中、俺――桜木 悠人(さくらぎ ゆうと)の視界は、夜の街灯に照らされた水たまりに映る、ぐちゃぐちゃになった自分自身を捉えていた。たった今、交差点を赤信号で突っ切ってきたトラックにはねられたのだ。
「…嘘だろ、俺、まだ、卒業もしてないのに」
体が痺れて、指一本動かせない。意識が薄れていく中で、遠くで聞こえる野次や救急車のサイレンさえ、まるで他人事のようにぼやけていった。ああ、これが死ぬってことか。
そう諦めかけたその瞬間、耳元に澄んだ、しかし妙に事務的な声が響いた。
「残念ながら、貴方の寿命はあと六十年と七ヶ月残っていました。今回の事故は、こちら側の管理ミスによるものです」
目を開ける力はないが、意識は鮮明になった。俺の横に、微かに光る人影がある。
「…誰だ、お前」
「貴方が今、『神』と呼ぶ存在です。ミスのお詫びとして、貴方には異世界での第二の生を提供します。もちろん、元の世界に戻ることはできません」
頭の中で、その声は淡々と告げた。神。異世界。あまりに唐突で、冗談にしては悪趣味すぎる。
「ふざけんな…俺は、この世界にいたいんだよ!」
「承知できません。しかし、慰謝として一つだけ特典(ギフト)を与えましょう」
神は構わず話を続けた。
「貴方は、異世界『テラ・ルクス』で生きていくことになります。そこは魔法とスキルが存在する世界です。そして、貴方のギフトは……」
神の声は一瞬トーンを落とした。
「『コピーキャット(模倣者)』。貴方が、自身より格上の存在が持つスキルを間近で見たとき、極めて稀な確率でそれを模倣し、自分のスキルとして獲得することができます」
模倣?
「最初は弱いでしょう。模倣の成功率は極めて低く、貴方自身には戦闘スキルが一切ない。しかし、使いこなせば、世界でも類を見ない、無限の可能性を秘めたスキルです」
「弱くてもいいのか?」
「はい。貴方はもう死にました。今から始まるのは、貴方の二周目の人生です」
神はそれだけ言うと、頭上に優しく手をかざした。
「さあ、始めましょう。貴方の物語を」
白い光が視界を覆い尽くし、俺は全てを忘却した。
次に目を覚ますと、俺は堅い土の地面の上に横たわっていた。周囲は鬱蒼とした森。木々の高さも、生えている植物も、日本のそれとは全く違う。頭上に浮かぶ太陽は、二つ。
「…本当に、異世界、なのか」
ふと、自分の手のひらを見た。そこには見覚えのない、小さな紋章が浮かんでいる。これが『コピーキャット』の印だろうか。
立ち上がった瞬間、右の茂みから、ゴウッという轟音と共に、体長二メートルはある巨大な猪(ボア)が突進してきた。その皮膚は岩のように硬く、牙は鋭い剣のようだ。
「うわあああ!」
反射的に飛び退くが、身体はまだ慣れていない。ボアは鼻息を荒くして、再度突進の準備に入った。
終わりだ。
異世界に来て、五分で再び死ぬ。そんなバカな話があるか。
そのとき、ボアの背後から、美しい金色の光が放たれた。
「聖なる癒し(ホーリー・ヒール)!」
澄んだ女性の声と共に、光の粒がボアを包み込む。ボアは一瞬動きを止め、その隙に、純白の修道服を着た一人の少女が、風のように俺とボアの間に滑り込んだ。彼女の背には光の翼が微かに見え、その手には木でできた杖が握られている。
少女はボアに向かって凛と立ち、杖を前に突き出した。
「これ以上はさせません。光よ、障壁を築け(ライト・ウォール)!」
透明な障壁がたちまち出現し、ボアの突進を完全に受け止めた。ボアは頭を打ち付け、よろめいた。
少女は驚いた顔でこちらを振り返った。
「あなた!大丈夫ですか?こんな森の奥で、どうして一人で――」
その言葉の途中で、俺の紋章が、チカッと青白い光を放った。
【スキル:聖なる癒し(ホーリー・ヒール)を模倣しました】
【スキル:光よ、障壁を築け(ライト・ウォール)を模倣しました】
紋章が脈打つ感覚。体の内側に、さっきまでなかった「何か」が流れ込んでくるのが分かった。俺は呆然と、今にも泣き出しそうな顔で俺を心配する少女を見た。
俺の異世界での人生は、こうして、たった二つのスキルと共に始まったのだった。
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