第9話


 朝になり目が覚めると、隣には薫さんがいて、僕たちの体は蛇のように絡まっていた。


 天井を見上げていると、ふと模様が変わっているような気がした。昨日そこに見た星空や、夏の大三角はどこにも見当たらない。


 空気の質や、部屋に漂う匂い、畳の日焼け具合も、家具の色や配置なども、まるで何もかもが昨日までとは見違えてしまったかのような……そんな気がした。畳にはうっすら黴が生え、あちこちに埃を被っている。まるで、昨夜とは別の家のような……。


 そのうちに薫さんも目を覚ましたようだ。そしてまだ目も覚め切らないうちに、当然のように口付けあって、絡まり合い、まさぐりあって、お互いの深い部分を結合させながら、激しく摩擦し、火花を散らしながら溺れていく。


 お互い汗だくで、どろどろのバターのようになりながら、部屋中を精液の匂いで満たし、気がつくと午後を迎えており、また抱き合って、加熱して、空が赤らみゆくなかで死滅し、夜が更け、月明かりに甘美を見出しながら、何度も何度も近づいては離れ、刺しては抜き、絡まり合って、ようやく空が明らむ頃に眠りにつき、その間も体だけはしっかりと重なりながら、夢のなかで交わりあい、また起きて同じ事を繰り返し、眠りにつく……。


 いったいここはどこだろう。夏が永遠に続いていくような、八月三十二日を超えて、何度も何度も同じ一週間を無為に過ごしながら、まるで時間と空間の狭間で終わりのない抱擁を続けているような気さえした。


 そして自分が誰なのかさえ、段々と分からなくなっていった。僕たちは徐々に一つに溶け合いつつあるのかもしれない。



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