第6話とある姫巫女の初日Ⅲ

「もう巫女様、こんな所にいらしたんですか。てっきり迷子になったのかと思って、慌てて探していたのですよ」


 時間も忘れ、彼女の歌声を聴いていると突如背後から声がして俺は思わず驚いてしまう。


「って、あ、せ、セリーナさん! いつの間に」


「今さっき見つけたのですよ。迷子になっているのにも関わらず歌なんか聞いている巫女様を」


「す、すいません。お、思わずいい歌声だなって思いまして」


 でもその俺が迷子(?)になった原因って、お前だぞセリーナ。


「確かにいい声ではありますが、何か少し変ではありませんか?」


「変とはどういう事ですか?」


「何と申しますか、こう悲しげな感じがするのですよ」


「悲しげ……ですか」


 確かに言われてみればそんな気がする。とても綺麗な歌声なのだが、何というか明るい感じが伝わってこない。彼女はまるで何かを訴えかけているかのように歌を歌っている、果たしてその理由が何なのか、今の俺には理解できない。


「とりあえず邪魔してしまうのもあれですから、この場を去りましょう巫女様」


「そうですね」


 再びセリーナの案内で海を泳ぎ始める俺。どうやら人魚と思わしき人物は、俺達の存在には気づいておらず、その場を去った後も彼女の歌声は聞こえてきていた。


「ところでセリーナさん、私一つ聞きたいことがあるのですが?」


「何でしょうか巫女様」


「さっきの彼女は、いわゆる人魚という人種なのですか?」


「はい。彼女達は人魚族の人間です」


 やっぱりそうだったか。しかも彼女達という事は、まだ他にも人魚がこの世界には存在しているということだろうか?


「ただし族とは言っても、もうほんのひと握りの人数しかいないらしく、近いうち滅んでしまうのではないかとさえ言われているのです。もしかしたら彼女の歌はその悲しみを訴えていたのかもしれませんよ」


「なるほど、そういう事ですか」


 人間必ずしも長生きはできない。いつかは亡くなってしまう運命にある。それがいつ起きるのか、何が原因で死んでしまったのか、それは誰も予測できない。そう、それは今回の俺にも同じことが言える。


(だからこそ怖いんだろうな、きっと)


 恐らく彼女もその不安に駆られているから、あんな歌声が出てきたのかもしれない。それが正解なのかは分からないけど。


(また会えたらいいな、彼女に)


 その時話すことができたら、少しだけでも分かることができるのかもしれない。彼女の痛みが。


「ささ、儀式の時間に大分遅刻してしまっています。早く行きますよ」


「その原因を作ったのはあなたなんですけどねセリーナさん」


■□■□■□

  そしてようやくセリーナに連れられ儀式を行う場所へと到着。かなりの深さまで潜った先にあったのは、神殿みたいなものがあったと思わしき跡地。壁などといった仕切るものもなく、数え切れない数の柱と儀式を行うと思わしき台座がただそこにあり、俺はセリーナに案内されるがまま台座の上に座らされた。


「ここが儀式を行う場所ですか?」


「はい。巫女様はこれから毎日この場所で儀式を行ってもらいます」


「毎朝この時間にですか?」


「今日は遅れてしまいましたが、いつもはもっと早くに行います」


「この時間でも充分早いと私は思うのですが……」


  現在の時刻は朝の七時。ちなみに部屋を出た時間は六時前だった。つまり、俺は儀式とやらを行う為に、毎朝六時より早く起きて、朝の六時半にはこの海の中で儀式をしなければならないという事らしい。


「それがこの世界を守る巫女としての努めなのですよ巫女様。最初は辛いかもしれませんが、慣れてくると次第に習慣がつくようになりますよ」


「習慣ですか」


  確かに今後この世界で過ごすことになるなら、そういうのが習慣になるのかもしれない。ただし、その時は既に俺は男を捨ててしまっている事になる。果たしてそれが、俺にとっていい事なのだろうか?


「では儀式について説明しますね。まず台座に魔法陣みたいなものがあるのが分かりますか?」


「魔法陣?」


 セリーナに言われて、足元の台座を見てみると地面にさほど大きくない魔法陣みたいなものが描かれていた。


「今巫女様は、普通に台座の上に座っていますが、儀式の際はまず正座をしていただき、その状態で二十分ほど祈っていただきます。その間に巫女様の使いの私が色々サポートします。一連の流れとしてはこのような感じになりますが、慣れてきましたらその一連の流れを巫女様お一人でしてもらう事になります」


 そんな事を考えているあいだに、さらっとセリーナが儀式について説明していたが、俺には理解できなかった。話を聞いていなかったという訳ではないのだが、所々謎めいた部分があったので、それを彼女に尋ねてみる。


「えっとセリーナさん、私はここで二十分も祈っていないといけないのですか?」


「はい。巫女様は常にこの世界の全ての水が安全であり続ける事を祈らなければなりません。水の姫巫女というのはそういう役目があるのです」


「役目って……私は昨日も言いましたが、決して全てを受け入れたわけではありません! それなのに役目って、いくら何でも勝手すぎます」


「では何故巫女様は、今こうしてこの場におられるのですか? 私は決して逃げてはいけないとは言っていませんが」


「そ、それは……」


 逃げた所で意味がないと分かっていたし、そもそもこんな体ではまともな生活なんて送れないと思っていたからであり、決して受け入れたわけではない。それだというのに、何故俺は今ここにいるのか?


「いきなり色々と言われてパニックになる気持ちは分かります。目を覚ましたらいきなり水の姫巫女になれだなんて言われたら、私だって嫌になります。それでも私達は、受け入れてもらわなければならないという使命があるのです。この世界を守る為に」


「どうしてその役割を、私何かが……」


「理由などありません。それがあなたの……ミスティア様の運命だったというだけです」


「私の……運命」


 女として生まれ変わって、水の姫巫女として新たな人生を歩むのが、俺春風咲田の運命?


(俺はその運命を受け入れる以外の選択肢がないから、ここに居るという事か?)


 こんな運命本当なら受け入れたくない。でも受け入れるしかない。それ以外に俺が進むべき道はない。たとえ時間がかかったとしても、受け入れるしかないのだ。自分の新たな運命を。


「……分かりました。多少時間がかかると思いますが、その運命受け入れてみせます」


「その言葉が聞けただけでも私は嬉しいです。これでまた一つ、世界は守られたのですから」


(世界が守られた、か)


 すごい規模の大きい話だが、俺はその規模の大きい話の中心にいる。そう考えると、何だか胸がざわつく。この感覚は一体なんだろうか?


「では時間も押していますから、始めましょうか巫女様。初めての仕事を」


「はい」


 セリーナが少し時間を開けた後に言う。そう、これは俺の……水の姫巫女ミスティアの初めての仕事。しっかりやらなければならない。


「では巫女様、台座に正座をして胸の前で手を合わせ、目を閉じて祈りを始めてください」


「分かりました」


 セリーナの指示に従い、俺は台座に正座して言われた通りの態勢になり、ゆっくりと目を閉じる。するとすぐにセリーナが何かを唱え始める。儀式に必要な呪文か何かだろうか? 今後これを俺一人でやらなければいけないということは、この謎の言葉も覚えなければならない。


(出来るのかな俺に)


 今後の事に多少不安になりながらも、俺は祈りを続けるのであった。


 二十分後。


「巫女様……巫女様」


 ずっと目を閉じて、祈っていた為寝ているか起きているか分からない状態だった俺は、セリーナの声で意識を取り戻した。


「セリーナ…さん?」


「お疲れ様です巫女様。無事に本日の儀式は終了しました。初めての儀式でお疲れだと思いますので、すぐに戻りましょう」


「あ、はい」


 何事もなかったかのように悠々と泳ぎ始めるセリーナ。俺は慣れないことをしたせいか、疲労が残っていて、うまく泳げないが何とか彼女を追った。


 その道中。


(そういえば……)


 俺は儀式中に見えたある事を思い出したので、セリーナに少し聞いてみることにした。


「そういえばセリーナさん、儀式の途中である事が起きたのですが、あれは何ですか?」


「ある事?」


「実は突然儀式の途中で誰かに意識を乗っ取られたみたいに、何か変なのが見えたのですけど、あれも儀式と何か関係があるのですか?」


「変なもの? もしかしてそれは……」


「それは?」


「あ、いえ気にしないでください。恐らく巫女様の気のせいだと思いますから」


 何かをセリーナは言いかけたが、それをやめてしまう。一体俺が見えたあれはなんだろうか?


(どこか見たことがある、あの懐かしい景色は一体なんだったんだ?)

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