【試し読み】瑪瑙可南子シリーズ①神聖友禅殺人事件
月森朱音@神月ラボ
第1話
それは、神への供物
捧げられるは、ただひとつの舞
さぁ、幕が上がる――神聖友禅の奉納演舞
第一章 依頼
「可南子さん!」
やたらと感動したような大仰な表情で、将流が顔を出した。桜通りにある、わたしの探偵事務所。
その時わたしは、差し入れに頂いた果物を食べようと口をあけたところだった。まずはそれをゆっくりと堪能して、それから飲み込み、将流の方をちらとみやる。
「可南子さん!聞いてくださいぃいぃぃ!」
こいつが鬱陶しい性格なのは重々承知していたけれど、今日の将流はいつにも増して暑苦しい。いや、ウザさ百倍だ。
「なんだ、うるさいな」
「聞いてくださいよ、可南子さぁぁぁっぁん!」
よく見ると、両目がうるうると涙に滲んでいる。
え?泣いてるのか?なんで?
「俺、ついに……ついに、なりました!」
「殺人犯にでもなったか?」
ブドウを摘みながら問うと、
「違いますよ!叔父さんに、なったんですよ!」
「24でオジサン?流石に、まだ早くないか?」
「違いますよ!オヤジになったって意味じゃなくて、叔父さんになったんです!」
「……は?」
「姪っ子が!姪っ子が生まれたんですよぉぉぉぉぉぉ!!」
そこまで言い切ると、将流は本格的に泣き出した。
わたしは黙ってティッシュボックスを差し出してやる。全くうざったい。めんどくさい。おまえに姪っ子が生まれたからって、なんでわたしのところに、わざわざ報告にくるんだ。
「そうか。よかったな。おめでとう。それじゃ、また」
わたしは形式上だけは礼儀正しくお祝いを述べ、それからブドウをもう一粒飲み込んで、出口のドアを指してやった。早くお帰り、この駄犬。
すると、何を思ったのか、将流は受付の椅子を引っ張り出して腰掛けると、手帳を取り出した。
「で、いつがいいですか?可南子さんに合わせますから」
「は?」
「ただ、できるだけ早いほうがいいなぁ……早く直接会いたいし」
「言ってる意味がわからないんだが」
本当に全くわからない。
なにをのたまっているんだ、この男は。
「だからぁ、美佳ちゃんに会いに行く日ですよぉ!」
「美佳ちゃんて、だれ」
「可南子さん、聞いてました?今までの話」
「聞いてはいたけど、意味がよく……」
「美佳ちゃんは、姪っ子です。俺の!姉の!娘!つまり、初の姪っ子です!その出産祝い!なんてめでたい!ね、いつ行きますか!?」
将流は両目をキラキラさせて、身を乗り出して聞いてくる。
こいつ、本気だ。
あー、ああ、あぁ、こういうの、やめてほしい。
「おめでとう、ほんと、おめでとう。けど、わたしは行かないから」
「そんなこと言わないで来てくださいよ!」
「来てくださいよ!なんて言われても、行かない。行く意味ないし」
「可南子さん、将来、俺の嫁になりますよね。つまり、美佳ちゃんは、可南子さんの姪っ子にもなるわけですよ?出産祝いしとかなきゃ、だめでしょう?」
「おいまて。誰が誰の嫁になるって?」
「可南子さん、いい加減諦めましょう。俺たちの運命は、変えられませんから」
「意味わからんこと言うな。ってか、そんな運命なら、なおさら行かない。覆すためにも、絶対に行かない」
わたしは最後のブドウを口に放り込み、席を立った。
探偵事務所は、今日も開店休業。暇だから、古本屋で買いあさった文庫本を読んでいる。
それを見透かしたのか、将流は意外な一言を口走った。
「依頼があっても……ですか?」
「依頼、だと?」
思わず振り返ってしまった。
「そうです。依頼、です。報酬の出る、しっかりとした依頼です」
「お前の婚約者になりすます、とかいう依頼ならお断りだ」
「あ、その手もあったか。……違いますよ!俺からの依頼じゃなくて」
将流は手帳をパン、と閉じ、わたしに近づいてきて、言った。
「義理の兄の実家から、可南子さんに折り入って、お願いしたいことがあるそうなんです。俺が姉に、名探偵・瑪瑙可南子の話を散々していたんで、それで依頼しようってことになったらしくて」
「それは、本当か」
「本当です。なんなら、電話で確認して頂いても結構です」
「報酬の出る、探偵としての依頼、なんだな?」
「間違いありません」
「…………なるほど」
そういうことなら話は別だ。
行かない理由は、何もない。
どんな事件なのかわからないのはやや不安だが、このわたしの腕にかかれば問題はないだろう。なんたって、名探偵なんだから。
「それで?いつ行けばいいんだ?」
「それでこそ、可南子さん!早速、明後日の土曜日なんてどうですか?」
「土曜日か。よろしい、その日にしようじゃないの」
「やった!ありがとうございます!あ、出産祝いの品は、俺の方で用意しておきますので、お気になさらず!」
……ん?
出産祝い?
「事件の依頼だろう?」
「そうですね、依頼はあります。でも、美佳ちゃんも待ってます。ので、土曜日、一緒に行きましょうね!」
……なんだかうまく乗せられた気がするが……事件の依頼なら、仕方ない。
わたしはブドウの乗っていた皿を流しに放り出し、山積みの文庫本を手に取った。
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