第5話 実技ほど疲れる。

「ダンジョンと言えば未開の地ですが、冒険者の生業とされています」

淡々と、眠気を誘う声で先生はそう言った。

__へー、

私は心の中でだけ相槌を打ちながら、机に頬を乗せてぼんやりと天井を見上げていた。今日も文字の授業を終えて、すでに頭はふにゃふにゃだ。そこにダンジョンという新ワードが来ると、脳が処理を拒否した。

「どこにあるの?」

一応、質問だけはしてみた。実質会話のノルマみたいなものだ。

「この領地にもあります」

__そうなんだ、

とはいえ、私は家からほとんど出たことがない。リアに連れられ庭に出るのだってやっとだ。外界の存在など、魔物より怪しい。

せいぜい行くなら庭までだもんね、うん。

外の存在は全部バグ。そんな距離感だった。

「この領地の名物とも言えるダンジョンで、国にも登録されております」

「ダンジョンって国に登録されるものなの?」

「はい、国に登録されることで権限と価値が変わります」

先生は淡々と要約を続ける。

・ダンジョンは登録されると、領地の所有物になる

ダンジョンは国に登録されることで権限は領地にある。それにより自由に出入りすることができ、お陰でダンジョン狙いの冒険者が来るので懐がぽかぽかで温かい。

つまり。

「ダンジョンは金のなる木です」

と、言い切った。なんというか夢しかない。一歩間違えれば終わり、一歩進めば億万長者。夢だねぇ。

逆に登録前のダンジョンはと言うと——。

「登録のないダンジョンは死にに行くようなものですので、見つけたらまずは領主様にご連絡を」

__死にに行く、って、、なんかさらっと怖いこと言ったね。

でも、そもそも私は行かないし。見つけないし。

予定もないし、未来永劫近寄りたくないし。

大丈夫、大丈夫。

と、油断していた時である。

「お嬢様も一度は体験なされますよ」

「え、」

唐突な爆弾発言。

「誰しも一度はダンジョンを体験することで、己の強さと命の有り難みを知るのです」

__めんどくせぇ。

心の声が低く重く響いた。

命の有り難みとか心の在り方とか、人の成長の儀式とか、そういうの全部まだいい。寝てたい。

「ご安心を。学校で体験する前に体を鍛えて戦えるようにしますので」

__これから実技もあるんだ、、、

座学で疲れた心に、体力的な疲れが追撃してくる。今日は静かに過ごしたい人生。

「先生、休みをください」

「、、一緒に頑張りましょう」

ぴしゃりと拒否される。やさしい声で断られると余計につらい。

「、、はぃ」

「ご安心を。お嬢様は誰しもできますので」

__その“誰しも”が信用できないんだよね、私は。


___


そして散々面倒くさがりながら迎えた実技の授業。

私は、剣を握りしめたまま固まっていた。

「これは、、違うな」

素直な感想だった。

教えられる内容は、ひどく簡単だ。

剣を振る。

相手に当てる。

終わり。

いや、教えと言えるかは怪しい。

実質、素振りを数回やって「はい持ってみてくださいね〜」ぐらいのノリである。

__簡単すぎる。

こんなの、もうちょっとアレでしょ。

剣技と言えば長い鍛錬の中やっとの思いで持たされるもの。種類も攻撃だけでなく、クソみたいな技も必要だ。

こういう世界ってもっと修行と鍛錬と汗と努力の物語じゃなかったっけ。

__まぁ、女性が剣を持つことが許されてないのかもしれないし。

どの漫画世界にもある、女性が男性より強い現状それが嫌なのだろう。

先生が言う「自分自身を守るための技術」という理念は立派だが、、先生自身の目は明らかに私に向いていなかった。何かを避けるように、深く教えようとはしない。

「先生、もう少し詳しく教えてください」

「お嬢様、これで十分ですよ」

その場を濁すような、薄い笑顔。

私はふっと息をついた。

先生が悪いというより、、根本的に、教える気がない。

「リアはどう思う、?」

背後の護衛兼侍女へ小声で問う。彼女はいつものように、冷静に返す。

「賢明な授業だと思います」

「そう」

そりゃ、周りの目線を考えるためなら簡単に留める方が“賢明”なのだろう。

でも、それでは自分を守ることなんてできない。

私は剣を下ろし、壁に座り込んだ。

休憩時間と言われたので、勝手に休む。

「先生は教えたくないみたいね」

「それが宜しいので」

「リア自身の意見をちょうだい」

少し間を置いて、リアは淡々とした口調のまま言った。

「これでは身につきませんね」

__だよね。

私は剣を握る手をゆっくり解いた。

リアは護衛として本物の技を持っている。だからこそ、この授業の限界にも気づいている。

__先生はダメ、、それなら。

「少しは動くか、」

私は立ち上がった。やる気ではない。ただ、ちょっと嫌なだけだ。

先生のところに歩きながら、ぽつりと言った。

「リア、明日騎士団の所に行くよ」

「はい」

「彼らの情報もよろしく」

「細かく調べてまいります」

この世界で生きるのに必要なこと。

せっかく異世界に来たのだから、少しはやってみるだけ、やってみよう。

「フッ、」

__いや、我は早う布団には戻りたいけどな、

私の内心の声を聞いたかのように、後ろからリアの小さな溜め息が聞こえた。


(↑ここまで真顔でお送りしていました。byリア)


___


、、、その後の地味な抵抗


実技の後、私は部屋に戻って布団に突っ伏した。

剣の授業は、全体的に“気力を吸われる”という結果になっただけだ。

剣を持った瞬間から私は思っていた。

__重い。

__疲れた。

__本音を言えば帰りたい。

でも、心のどこかに「このままじゃ嫌」みたいな小さな棘が刺さっている。

先生が教えてくれないなら、別の誰かに。

自分を守る手段があるなら、少しくらい覚えてみてもいい。

、、うん。少しだけなら。

__明日は騎士団。

__そのあとお菓子食べて寝よう。


布団の中で丸まりながら、小さく決意だけをした。

頑張るとは言わない。

やる気があるわけではない。


ただの、ほんの気まぐれ。

そうやって逃げ道を確保しながら、私は目を閉じた。


 やっぱり布団は世界最強。

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