第40話 グハハハ~我こそは恐怖の……「じゃしんさん、満席です」 え!?

 神棚から黒い塊が落ちてきて、あたりを嗅ぎまわるようにヒクヒクと鼻を鳴らした。


「ここか~~~まったく、プンプンにおいをまき散らしおってからに(じゅるり)」


 漆黒の体躯に頭から生える四本の角。腹の底に響く声。

 本人は邪神と言っているから、神の類なのだろうか。


「……邪神?」


 俺の呟きに反応して、そいつはギョロリとこちらを見る。


「おぉ? なんじゃおぬしは。まあよい、おっさんに用はないのじゃ。赤き地獄の美汁……これがあのにおいの正体だなぁ?」


 どうやら神棚からキムチ鍋の匂いが漏れてたらしい。女神さまたちが来店したせいで、天界との境界がゆるんだのだろうか。


「なんであんたがここにくるのよ……」


 邪神の目がグラティアを視界に入れた途端、カッと開いた。


「ああぁ! グラティア! なぜ腐れ女神がこんなところにおるのだ!!」

「わたしたちはこのお店の常連なの。んで、ここはあんたが来るような場所じゃないの」

「んん? そっちも女神だなぁ~~腐れ女神が雁首揃えおってからに~」


 女神2人と邪神がバチバチと睨み合う。


 そこへ栗色の髪を揺らして、一人の少女が割って入ってきた。


「じゃしんさん? 女神さまとお知り合いなんですか?」


「ひらがなでよぶな! 邪神じゃ! われは恐怖の邪神クイボルさまであるぞ!」


「コレットちゃん、近寄っちゃダメよ」

「そうそう、こいつ碌なやつじゃないから」


 女神2人がコレットを邪神から遠ざけようと手を伸ばすが、そんなことお構いなしに話を続けるわが看板娘。


「じゃしんさんはご飯食べにきたんですよね?」


「ガハハ~~なんじゃ小娘ごとき矮小な存在が、われにたてつくか!」


「食べたいんですよね?」


「お、おう……」


 冷静に返されて、ちょっと真顔になる邪神。


「じゃ、こっちです」


 コレットが邪神の袖をつまんでズルズルと店の入り口に連れていく。


「お、おい小娘……なんであるかここは……」


「待ち席ですよ。だっていま満席だから。少々お待ちくださいね。あ、これメニューです」


 メニューを渡されて、固まる邪神。


 次の瞬間―――


「ぬがぁああああ!!」


 メニューを床に叩きつけた邪神がほえる。


「キャッ! ちょっと! お店のルールは守らないとダメですよ、じゃしんさん!」


「アホかぁああ!! 邪神がルールなど守る訳なかろうが!

 グハハハ~~さあ~茶番はおわりじゃ~~女神もろともここにいる奴らを滅ぼして、その赤き汁にありつくとしよう!!」


 邪神の黒い体躯から、なにやら黒いオーラのようなものが滲み始めた。


「そうはさせません!」


 聖女ロメリーが聖杖を掲げて、光の壁を構築しはじめる。


「うおおお! 聖女につづけぇえ!」

「教会の底力をみせよおおお!」

「われらがキムチ鍋を死守するのだぁああ!」


 ロメリーが結界を展開し、大司教やその他の神官たちも続く。

 何重にも張り巡らされる結界。


 だが―――


 ――――――バリィンッ!!


 邪神がふぅ~っと息を吹きかけただけで、すべての壁が粉々に砕け散った。


「そ、そんな全ての結界が一瞬で!?」

「どいて、ロメリー!」


 項垂れるロメリーの横を赤い閃光が駆け抜けた。

 レイナが剣を抜いて斬りかかるが、邪神はつまらなさそうにその攻撃を軽々と弾く。


「くっ……この化け物!」


「グハハハ~~人間ごとき矮小な存在が~~我になにかをできるわけなかろうがぁ~~」


 漆黒の顔から二つの目玉をギョロ突かせて愉悦に浸る邪神クイボル。


「こ、これが邪神の力……」

「伝承によると、5百年まえ国を滅亡させ混沌の世にしたとか……」

「その邪悪な声を発すれば死骸は蘇り、不死の軍勢を作り出すといわれる……邪神!」


 神官たちが絶望に震える。

 そこへ神々しい声が響いた。


「もう、また食事の邪魔とかぁあ~~」

「あなたたちは下がってなさい」


 女神グラティアとアスタがズイっと前に出る。

 彼女たちが戦闘態勢をとろうとした瞬間―――



 ―――ゴッ!



「いでぇえぇえ~~のである!!」



 俺は手元にあった包丁の背で邪神の頭をひっぱたいた。


「こら、店内で暴れるな」


「ほ、包丁?? そんなんでなぜ我に攻撃が通るのじゃ!? 

 えええい、ならばこれでも喰らえぃ!!」


 邪神の腕が異常に伸び、黒い爪の嵐が俺に襲いかかる。



 だ・か・ら―――



「店内で暴れるなって言ってるだろうが」


 俺は迫りくる黒い爪をすべて包丁で弾き落として、その勢いのまま……


 もう一度、包丁の峰で邪神の頭をゴツン。


「いでぇえええ~~! な、なんじゃこいつ……ただのおっさんのくせにぃ……!」


 邪神がよろよろと立ち上がり、大きく口を広げた。



「ぬぅうう……下界に降りたばかりで調子が出んのだ……我は邪神である。こんなおっさんに遅れを取るわけがない。

 こうなったら――――――

 魔物たちよ! 我の眷属として甦れぇ~~~!!!」



 邪神の全身から口がモニュモニュと現れて、不気味な歌を奏ではじめる。


「ひぃいい! 邪神の歌じゃ~~~!」

「し、死の亡者たちを蘇らせる気だぁあ~~!」

「おわた~この世おわた~~!」


 パニックになる店内。


「グァハハハハハ~~もう手遅れじゃわい~~我の言霊をきいた魔物どもが蘇るのじゃ~~」


 しかし―――


「…………」


「なにも起こりませんね? じゃしんさん?」


「…………」


「はれ? お、おい……どうしたんじゃ……そんなはずはないのである」


 コレットの言葉に焦り始める邪神。


「クラブロードよ! ナイトコカトリスよ! レッドボアよ!

 不死の悪魔として蘇り、女神もろともこの店を叩きつぶ――――――ぎゃん!!?」


 俺は無言で邪神をもう一度包丁でどついた。


「なぜだぁあああ~~~~! なぜ蘇らん!!」


 なぜもへちまもあるか。


「俺が調理した飯だぞ」


 俺は鍋を指さして言い放つ。



「もう、うまい飯として蘇っているんだよ。それ以外のものになるわけないだろ、料理人をなめるな!」



 邪神はポカーンと口を開けたまま固まった。

 女神も聖女も女剣士も、みんな呆然としている。


 ガクッと肩をおとした邪神が呟いた。


「…………負けたのである」


 邪神はしょんぼりと正座した。





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