第8話 レイナ視点、シゲルの戦闘基準は「うまそうか、そうでないか」

 ◇レイナ視点◇



「ふぅ……今日も無茶苦茶だったけど……楽しかったわ」


 白銀のドレスアーマーを脱ぎながら、1人声を漏らしたあたし。


 ド田舎食堂に通うと同時に、いつのまにかシゲルの「食材狩り」に同行するのがあたしの習慣になっていた。

 はじめはシゲルという人物を観察したいという動機だったが、気がつけば毎回妙に楽しみはじめている自分に気づく。



 ―――なんだろう。あたしにも良く分からない。



 それと……食堂に通うようになって、身体の調子がやたらといい。

 今までの食生活がおざなりだったことは認める。でも、3食きっちり取っているから健康的になったってだけじゃない。あたしの全身の隅々で、血が巡って力が生まれる感覚があるのだ。

 代謝が進むというのか……とにかく、シゲルのご飯を食べるようになってから、剣を握ったときに自然と力が湧き出てくる。地を蹴る時に以前よりも瞬発力がついている。魔力を練る時の濃度が違う。


 剣技の伸びが目に見えてわかる。重心も、踏み込みも、以前の自分より確実に洗練されている。


 もちろん日々の鍛錬や努力は今まで通りに欠かしてないけれど、それ以上にシゲルの料理がなにかしら影響しているのは間違いないと思う。


 なにこれ―――あたしの体、まるで「食べた分だけ強くなる」みたいじゃない。


 ちょっと食いしん坊なかんじで、あれだけど……。

 こう見えて、あたしは女性最年少でS級冒険者になった身だ。深紅の美麗剣士とか言われたりしている。だから……そんなあたしのイメージを知るギルドの冒険者たちは、こんなにバクバク食べているあたしを想像もできないだろう。


 でもたくさん食べることは、恥でもなんでもないもん。

 食べるの好きだし。


 それを思い出させてくれたのはシゲルだ。




 ◇◇◇




 そして、ド田舎食堂に通っているうちに1か月ほどが過ぎた。


「いやぁ~~いい天気だな~」


 鼻歌交じりで魔物がウヨウヨ出る危険地区をほいほい歩いていくシゲル。

 今日は彼の食材狩りに同行している。


 1か月シゲルの近くにいたこで、少しだけ彼のことがわかってきた。


「―――むっ!」 


 がさッと音を鳴らして近くの茂みから飛び出してきた影。長い一本角を頭部に生やすホーンラビットだ。

 討伐難易度はD級のウサギ型魔物、あたしでも余裕で倒せるレベル。変異した特殊個体でも無さそうなので、角をむけての瞬発ジャンプにさえ気を付ければいい。

 討伐クエストとして受注した際の報奨金自体はたいしたことが無いが、角は装飾関係で需要があるので、けっこう高値で売れる。


 と、こんなかんじで魔物のランクや実物の状態、その他の情報を総合して、戦うのか、退くのかを決める。上級冒険者ほど、この判断が速い。


 だがシゲルの場合……


「うほぉ~~こりゃ久々だな! こいつはうまそうだ!!」


 魔物と遭遇した時のシゲルの基準―――


 うまそうか、そうでないか。


 まるで呼吸するみたいに、真っ先にそれを考える。

 そして次の瞬間には「どう調理すればうまいか」に意識が飛んでいくのだ。


 判断基準は、魔物の危険度でも、報奨金でも、素材の価値でもない。


「たく、いつもながらに思うけど、シゲルはどう考えても冒険者じゃないわね」


 手早く包丁でホーンラビットを仕留めたシゲルをみて、あたしはため息をついた。


「そうだな、俺は料理人だからな」


 いつもの答えが返ってきた。


「ここまで食にのみこだわるのも珍しいわ。てかあなた以外に見たことないけど」


「ははっ、そうか? 人によって価値観なんていろいろだよ」


 と、本人は笑って言う。

 だが、あたしには価値観という言葉だけで片づけられるものでもないような気がする。

 彼はただ純粋に―――料理という自分の楽しみを、心の底から謳歌しているのだろう。


 ……なら、あたしの楽しみってなんだろう。


 剣を振ること? 強くなること? S級のその先、もっと高みを目指す? 

 それもきっと楽しい。けれどシゲルみたいに、胸の奥が燃えるほど夢中になれるものかと聞かれると……答えはすぐには出そうもない。

 そんな考えに沈んでいたとき。


 ―――森の奥から、重たい地鳴りが響いた。

 木々が揺れて、その奥から森がこちらに迫りくるような感覚……こ、これは!?



「ギ……ギ……ギギィイイイイイイ!!」



「なっ! うそ……ジャイアントトレント……」


 あたしは思わず絶句した。

 トレントと呼ばれる木型魔物の巨人バージョン。討伐難易度S級の魔物だ。個体数は少なく、滅多に遭遇しない。

 巨体から無数に生える枝は恐ろしく長く伸び、振り回されるたびに空間を裂いて大地がえぐられる。

 並の冒険者なら視認した瞬間に撤退を選ぶ相手だ。S級冒険者でもパーティーを組まなければ、勝ち目はほとんどない。


 あたしは恐る恐るシゲルに視線を向けた。


「おおおっ! いいのいたぞぉ! きたぁあああ!!」


 ええぇ……!!


 うまそうか、そうでないかの基準以外もあるの!?


 うわぁ、シゲルめっちゃ嬉しそうなんですけど! ちょっとワクつきが漏れちゃってるけどぉ! テンション爆上がりなんだけど!

 さ、さすがに木は食べないわよね? 



 ならこれって、なに基準なのよぉ!!



「ちょ……シゲル、待って」


「なに言ってんだレイナ! こいつの炭焼き火力はうちのキッチンでは出せない深みがあるんだぞ!」 


 あ、なるほど。やっぱり料理基準ではあるのね……


「薪焼きだと、香りがまるで別物だぞ! 普通の炭なんて目じゃねぇ! 独特の樹脂が出るんだ。それが肉を包み込んで、まるで熟成肉みたいな味になるんだぞ!」


 わ、わかったから!

 いまウンチクとかいらないから! かなりのピンチというか絶対絶命に近いのよ、あたしたち!

 頼むから落ち着いて!


「早く確保せんと、逃げられてしまう!」


 珍しく焦るシゲル。

 てか、向こうは絶対逃げないから! 基本的に人間見つけたら即刻蹂躙してくる魔物だから!


 マズいわ……

 いかにシゲルと言えども、ジャイアントトレント相手に今までどおりは無理よ!

 ここは、あたしと連携して……あれ? 


 シゲルどこいったの?


 ―――って! 


「もう突っ込んじゃってるしぃいいい!!」


 あたしが叫んだときには、もう遅かった。

 ジャイアントトレントが枝を振り下ろし、森を薙ぎ払い、何もかもを串刺しにしようとする。



「出刃包丁二刀流――――――ぶつ切り乱舞!!」



「―――ギギギィイイイイイ!!」



 シゲルの持つ2本の出刃包丁がうなりを上げる。

 ジャイアントトレントの猛攻としげるの包丁乱舞が混ざり合い、あたり一面に砂塵が舞う。


 くっ……なにも見えない!


 聞こえてくるのは、ズバズバなにかを切り落とす音だけ。


 ようやく視界が戻ってきた……

 あたしは恐る恐る巨木に視線を戻した瞬間、完全にフリーズした。



 ――――――枝がほとんど無くなってるんだけど!?



 巨木とおっさんの足元に、ゴロゴロころがっているジャイアントトレントの枝たち。


 狂気じみた笑顔で包丁を振りまくるシゲル。

 風を裂く音が連続して響くたびに、巨木の枝が次々と切り落とされていく。


「すげぇ! こいつは滅多にお目にかかれないぜぇえ!」


 彼の包丁は、もはや戦斧のごとく。

 まな板に向かうときと同じ、無心の笑みで切り刻んでいた。


 切り落とされた無数の枝の根本をぶんぶん振って、悲鳴らしき声をあげるジャイアントトレント。

 大地を揺らすはずの巨木が、まるで大きな鉢植えの観葉植物に見えてしまうほど情けない姿になっていく。



 うわぁ……これ、もうなんか若干かわいそうなんだけど。





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